研究・教育紹介 RESEARCH

薬用植物学

薬用植物学

「植物の力を使って」 暮らしをもっと豊かに、もっと健康に!

1.はじめに

1)植物の秘めた力に学び、病気の予防、健康に活かす

 近年、激変する世界情勢の中、健康な生活を維持するためには、最先端の技術だけでなく様々なアプローチが必要です。そこで我々は、こういう時代だからこそ、今一度、創薬の原点と言える伝統的な手法に戻り、未利用植物資源の中から薬の原料になるような有用な植物を探索することが重要と考えています。それは、植物自体が、生理活性物質の宝庫であり、まだ知られていない未知の効果、効能を秘めているからです。近い将来、世界の危機的な状況を解決する糸口となるのは、科学がいかに発達したとしても変わらない「植物そのもの力」ではないかと思っています。

 例えば、熊本県内には約3,300種類*の植物が分布しています。これは日本に分布する植物約10,400種類*の約32%に相当する豊富な植物資源と言えます。また、薬用・有用植物の種数は、その地域における植物の総数の約1割を占めると言われており、熊本県には約330種類、我国には約1,040種の有用植物が分布していると推定されます。しかし、これらの有用な植物の多くの種が未だ利用されておらず、未開拓な状態です。

 本研究分野では、これらの未利用植物に焦点を当てた含有成分と生育地環境との相関関係に関する研究、そしてその生物活性機能の評価などを行い、新たな医薬品原料や機能性食品の素材を開発する研究に取り組んでいます。
(* : ここでの種類は、シダ植物に種子植物を合わせた維管束植物の自生種に、帰化種を加え、さらに亜種、変種、品種などを含めた数です)

2.研究内容

1) 薬用植物など有用植物を用いた循環型研究開発

 画期的な創薬開発や希少有用植物を活用した創薬シーズ(独自の材料や素材)の安定供給を行うため、下記に示す3つの研究を個別に行うのではなく、相互に関係しあう"循環型研究開発"として実施することにより、研究成果を相乗的かつ加速的に向上させる研究を行っています(図1)。

循環型研究開発の主軸となる3つの研究課題

(1)有用植物の自生地栽培環境に関する情報収集とそれに基づく最適化栽培システムの開発
(2)有用植物に関する伝承伝統用途や生育環境などの情報収集とデータベース構築
(3)有用植物の最適最良な栽培条件探索および収穫物の高品質化、加工に関する技術開発


2) 熊薬ユニット型植物栽培コンテナシステムの構築

 2017年8月より文部科学省「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」における「有用植物×創薬システムインテグレーション拠点推進事業」の採択を受け、当分野では熊薬式コンテナ型植物栽培ユニットシステム開発に取り組んでいます(図2)。2018年3月には、試作第1号機を完成させ薬学部キャンパス内に設置し、薬用・有用植物の試験栽培を開始しています。本システムの特徴は、以下の3つです。

(1)熊薬が独自に開発したフレキシブルで高機能な栽培システム
(2)これまで種苗の育成のみに特化していたシステムを播種から育苗に加えて、開花、結実、さらに最終ステージである収穫など、様々な生育ステージに全て対応可能
(3)これまで室内栽培が難しいとされてきた根(根茎)の収穫を目的とする植物や草高2mまでの大型植物にも対応可能 今後は、さらに熊薬式植物栽培システムを活用し、希少価値が高く、栽培が極めて難しい薬用(有用)植物の生産栽培化の最適な環境条件を解明します。


3) 共同研究講座における化粧品・食品原料の開発

 2017年4月に株式会社再春館製薬所(本社:熊本)と共同で「再春館・自然×サイエンス共同研究講座」が設置されました。本講座では再春館製薬所の評価技術・製品開発力と熊薬の基礎研究力との連携により、化粧品分野や食品分野に活用できる、より魅力ある植物性原料の開発を目指しています。
具体的には、植物原料スクリーニングの他、以下のテーマを中心に取り組んでいます。

(1)漢方における修治**の考えを取り入れた新規製法に関する研究
(2)栽培地・栽培条件の最適化による原料改良
(3)素原料となる植物の国産化 なお本講座での研究成果の一部は、再春館製薬所の主力製品であるドモホルンリンクルシリーズに既に活用されています。
(**:生薬の効果増強や毒性低減を目的とし、加熱・乾燥・蒸しなどの処理を行うこと)

  • 図1 循環型研究開発の概要
  • 図2 熊薬式コンテナ型植物栽培ユニットシステムの外観と内部(温度、湿度、照明、肥料などの条件設定可能)

3.おわりに

1)薬用植物学分野が目指す研究の方向性

本研究室では、薬学系の大学ではほとんど行われていない、以下の3つの研究を重視している全国でも極めて珍しい、とてもユニークな研究室です。

(1)フィールドワーク(図3)に基づいた実学研究
(2)地元地域の自治体や企業との共同研究(学術コンサルティングを含む)
(3)薬学領域、農学・水産学領域、工学領域の3領域を融合させた複合的かつ実践的な研究(図4)

また、本研究室では、本学の学生らと共に熊本県や九州地域に自生する植物のインベントリー調査***を実施し、現地の環境データ(図5, 6)などをまとめ、分析サンプルを収集し研究試料としています。さらに、室内での各種実験や野外やコンテナでの栽培実験を行い、人々の生活をより健康的にするための実用化研究に繋げられるよう積極的に取り組んでおり、幅広い知識と視野を持った個性豊かな卒業生を社会に送り出すことを目指しています。
(***: 植物のインベトリー調査とは、調査地全域に生育する植物をリストアップし、出現した植物の種類の総目録や分布図を作成することです。植物研究の最も基礎となる重要なデータであり、出現種に対する標本調査や文献調査、植物資源調査などを含みます。)

  • 図3 フィールドワークの状況(分析サンプルを採取)
  • 図4 アクアポニックス (自然循環型水耕栽培装置、植物の水耕栽培と魚の養殖を結合)
  • 図5 環境デバイスの設置状況
  • 図6 自生地環境情報収集中の大型ドローン(機体幅約80cm)