研究・教育紹介 RESEARCH

薬物治療学

薬物治療学

DNAからわかる!薬の効き方や病気になりやすさを予測する

 一人ひとり体格や性格が違うように、薬が効く人と効かない人、病気になりやすい人となりにくい人と千差万別です。そのため、一人ひとりにあった医療、すなわち個別化医療(または、精密医療)の実現は、より良い医療のために必要不可欠であり、医療に携わるもの全体の課題といえます。本分野では、個別化医療の推進を目的として、ヒトの遺伝子配列などの様々な情報を収集して、個々の特徴の違いから、薬の効果や副作用、病気になりやすさを事前に予測し、一人ひとりに最適な薬の治療法(薬物治療)や生活習慣の改善方法(先制医療)を提供することを目指した研究を行っています。

DNAから薬の効き方は予測できるか?

 私たちが口から飲んだ薬は、腸などの消化管から血液に渡って体中に運ばれます。ただし、私たちのからだは薬を異物だと認識するので、多くの場合、薬は肝臓で代謝され、体外に排泄しやすい形に変換されます。この代謝を担っているのが代謝酵素というタンパク質です。ところが、この代謝酵素の設計図となる遺伝子に変異があると、代謝酵素の生成量や構造が変化し、正常に働かなくなります。その結果、薬の効果や副作用の出方に個人差が生じます。

 てんかんは、日本人の約100万人が罹患する、極めて患者数の多い病気で、けいれんや意識消失などの発作を繰り返し起こします。その治療の中心は、抗てんかん薬による薬物療法であり、薬を飲み続けることで発作が現れることを抑えます。クロバザムは難治性てんかんの患者に用いられる抗てんかん薬で、肝臓で代謝されて、ほとんどが活性代謝物(てんかん発作を抑える作用を持つ代謝物)に変換されます(図1)。なお、活性代謝物の一部は薬物代謝酵素の一つであるCYP2C19により代謝され、薬の作用が無くなります。CYP2C19は、その遺伝子の違いから、遺伝的に酵素としての働きを持つ人(extensive metabolizer: EM)と働かない人(poor metabolizer: PM)が存在し、日本人ではなんと5人に1人がPMです。我々の研究では、CYP2C19のPMは、EMに比べて、クロバザム服用後に活性代謝物の血液中濃度が約10倍も高くなることが見出され(図1)、薬の効果が得られやすい一方で、副作用が現れやすいことも判明しました。

図1. 抗てんかん薬クロバザムの代謝経路(a)と血液中の活性代謝の濃度推移(b)
(a) クロバザムを服用すると、肝臓の中でほとんどが活性代謝物に変換され、その後、薬物代謝酵素CYP2C19で代謝されて、体外に排泄される。
(b) 体重50 kgのてんかん患者がクロバザムを1日30 mgを服用した際、血液中の活性代謝物濃度は、CYP2C19が遺伝的に働かない人(poor metabolizer)では、遺伝的に働く人(extensive metabolizer)場合に比べて約10倍高くなる。

DNAから病気になりやすさは予測できるか?

 代謝酵素は、食事や喫煙などによって摂取した有害物質の解毒も担っていることから、病気になりやすさにも関係します。アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)は、肝障害の原因となる種々の活性アルデヒドを分解する酵素です。ALDH2 は、飲酒後に体内でアルコールを分解する際に生成されるアセトアルデヒドの分解にも関わるため、アセトアルデヒド分解能力の強弱に関係するALDH2 の遺伝子の違いは、その人がお酒を飲めるかどうか(または、どれくらいのお酒を飲むことができるか)を決定します。日本人では、"ALDH2が働かない"遺伝子情報を持つ人の割合が特に高く、ALDH2 の働きが低い人(お酒に弱い人)が40% 、働きが全くない人(お酒を全く飲めない人)が5%存在します。これまで、高血圧などの飲酒に関連した病気は、ALDH2 の働きが強い人(お酒に強く、飲むお酒の量が増えやすい人) でリスクが高いとされてきました。その一方で、我々は、お酒を飲めない人が飲酒すると、アルコール由来のアルデヒドが代謝できずに、高血圧や脂肪肝、糖尿病性網膜症などの病気にかかりやすいことを見出しました(図2)。さらに、お酒を飲めない人が喫煙すると、タバコ由来の有毒物質の代謝が十分にできず、心筋梗塞といった心臓病や慢性閉塞性肺疾患などの肺疾患の危険性が高まることも明らかにしました(図2)。

図2. 飲酒や喫煙などによるアルデヒドの産生とその毒性(ALDH2の働きの違いによる無毒化の違い)
AGEs, 最終糖化産物; COPD, 慢性閉塞性肺疾患

今後の展望

 このような研究により、個々に適した薬の選択や、その投与量の設定、副作用の予防、治療効果の最大化が期待されます(図3左)。また、生活習慣病になりやすい遺伝子情報を特定し、それぞれに適した生活指導を行うことで、効果的な予防に繋がると考えています(図3右)。

図3. 個別化治療と疾患予防の本分野の取り組みと展望