プロスタグランジンをご存知でしょうか。プロスタグランジンを知らなくとも、これまでに、感染などによる発熱や頭痛時に薬を服用したり、筋肉痛や捻挫などで湿布を貼ったりしたことがあるのではないかと思います。実は、これらの薬(アスピリン様抗炎症薬)が対象とする症状である発熱や痛みとプロスタグランジンには大きな関わりがあります。感染や捻挫によって、体の中でプロスタグランジンという物質(生理活性脂質)が作られて、これが特定の細胞の表面にあるプロスタグランジン受容体というタンパク質に結合することで、細胞が応答して痛みや発熱を引き起こします(図1)。上述の薬はプロスタグランジンを作るシクロオキシゲナーゼという酵素の働きを阻害し、この物質の産生を抑制することで(図1)、熱を下げ、痛みを和らげます。
このように、プロスタグランジンは痛みや発熱に関わりますが、実はこうした悪玉作用の他にも、体の中で様々な善玉作用にも関わることがわかってきました。例えば、胃や腸管粘膜を守ったり(それゆえ、上述の服用する解熱鎮痛薬には粘膜保護薬もブレンドされています!)、母体における赤ちゃんの発育に大事だったりします。しかしながら、体の中でプロスタグランジンがどのような作用に関わっているのか、その全貌はわかっていません!そこで、私たちはプロスタグランジンが結合する受容体に着目して、新しい薬、より安全な薬を作るための研究を行っています。
実は、プロスタグランジンの受容体にはたくさんの種類があります(図1)。そのことが様々な善玉作用や悪玉作用が発揮される理由の一つとなっています。私たちは様々なアプローチで体の中でプロスタグランジンがどの受容体を介して作用を発揮しているのかを明らかにしようとしています。それは、新しい作用の発見やその作用メカニズムの解明が、新しい薬・より安全な薬の開発に結びつくからです。培養細胞やマウス、ゼブラフィッシュにおいて遺伝子を操作し、特定のプロスタグランジン受容体をなくして、どのような影響がでてくるのかを調べることでプロスタグランジンの役割を受容体ごとに明らかにしています。
これまでに私たちは、マウスを用いて、プロスタグランジンが、特定の受容体を介して排卵や受精、分娩といった生殖過程を促進することや、また別の受容体を介して炎症(図2)、肥満や糖尿病といった生活習慣病(図3)、がんの進行を促進することを見いだしています。
一方、マウスと比較し、ゼブラフィッシュは発生が3日で終了し、観察しやすいため、発生期でのプロスタグランジンの作用を解析するために用いています。最近、私たちは遺伝子操作により血管系経路を蛍光で光らせた魚を使って、プロスタグランジンがEP3受容体を介して白血球の通り道「リンパ管」の発達を促進することを見いだしました(図4)。
プロスタグランジンの産生を止める現在の解熱鎮痛薬では、全ての受容体を介した働きが抑えられるので、悪玉作用のみならず、善玉作用も止めてしまいます。私たちはそれぞれのプロスタグランジン受容体の役割を明らかにすることで、プロスタグランジンの新たな作用を見つけ、それが身体にとって善玉となるのか、悪玉作用なのかを見定めています。そして、特定のプロスタグランジン受容体のみに結合する薬物(作動薬・遮断薬)を開発することで、副作用のない、安全に服用できる薬を世に送り出そうとしています。そのために、世界中の大学や企業との共同研究・開発も進めています。