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製剤設計学

製剤設計学

世界で一番小さな分子カプセル 〜シクロデキストリン〜

シクロデキストリンって何?

 シクロデキストリンは、デンプン由来のグルコースが繋がって、ドーナツのような形になったオリゴ糖であるため、通常、環状オリゴ糖と呼ばれています(図1)。グルコース(ブドウ糖)は単糖の代表的なもので、血液中の糖(血糖)のほとんどを占めています。哺乳類にとってグルコースは重要なエネルギー源で、特にヒトの大脳を始めとする中枢神経系では唯一のエネルギー源になっています。シクロデキストリンはその構成グルコース数の違いにより、約50種が知られていますが、主なものは6、7、8個からなるもので、それぞれα、β、γ‐シクロデキストリンと呼ばれています。シクロデキストリンは、環状構造ゆえに、その分子中に非常に小さな空洞を有することが構造上の特徴です。その分子サイズは約1 nmであり、世界で一番小さな分子カプセルといえます。シクロデキストリンを構成するグルコースは水分子と馴染みやすい水酸基を有しますが、この水酸基は空洞の外側に向いているため、空洞の内側はエーテルと同程度の疎水性(水分子となじみにくい性質)を有しています。そのため、この空洞内に疎水性の分子を取込みやすく、この取込み現象を「包接」と言いますので、シクロデキストリンは包接化合物とも呼ばれます。

シクロデキストリンの応用例は?

 シクロデキストリンはでんぷん由来の環状オリゴ糖であり、安全性、機能性、安定性、経済性に優れることから、現在40カ国以上で食品、化粧品、サプリメント、医薬品、家庭用品、バイオテクノロジー、塗料などに応用されています。その中で、シクロデキストリンの使用量が一番多いのは食品です。日本、アメリカ、ドイツ、スペイン、ハンガリー、アルゼンチン、フランス、韓国などでは食品添加物として認可されています。身近なものとして、日本では練りわさびの辛味や魚介類の鮮度を保つのに利用されています。また、茶カテキンは、抗酸化作用・抗菌作用・抗肥満作用を有することが知られていますが、そのままでは渋みが大変強くて飲みにくいです。そこで、シクロデキストリンを添加して、茶カテキン分子を取り込むことにより(包接現象)、分子レベルの小さなオブラートとして働き、渋味がかなり抑えられています。化粧品に応用された例として、パウダーコロンがあります。香料は環状オリゴ糖の中に包接されているため、つけてすぐには揮発することなく、少しずつ香料を放出するため、ほのかに優しい香りが長時間持続し、香料を放出したシクロデキストリンは、代わりに皮脂や体臭成分を包接し、体臭を防ぎます。この作用と同様な作用を有するものとして、消臭スプレー剤があります。最近、アメリカではシクロデキストリンを用いて卵黄や乳製品からコレステロールを除去する技術が開発されました。サプリメントへの応用例として、コエンザイムQ10(溶解性・吸収性改善)、α-リポ酸(吸収性改善)、DHA(安定性改善)、L-カルニチン(吸湿性防止)、クルクミン(溶解性改善)、イソフラボン(溶解性改善)などが知られています。その他、診断薬、臨床検査薬、包装材料、農薬の品質向上、水性塗料などに実際利用されています。

熊薬でのシクロデキストリン研究は?

 シクロデキストリンは、「包接複合体」を形成し、医薬品分子の性質を変えることができます。本分野では、くすりの溶解性・安定性・吸収性の改善、局所刺激性の低減、液状のくすりの粉体化、揮散性の抑制などに関する研究を行ってきました。これらの性質により、くすりの最適な量を、最適な時間に、最適な速度で作用部位に送り届けることが可能となります。また、シクロデキストリンとくすりを化学的に結合させた結合体を調製すると、大腸内の細菌が産生するアミラーゼ(酵素の一種)によって、シクロデキストリンの環を形成しているグルコース同士の結合が壊され、薬物が放出されますので、医薬品を服用後、胃や小腸ではくすりが放出されず、大腸に到達して初めて放出されます。そのため、潰瘍性大腸炎の治療薬のように、大腸で薬効を発揮したい薬物とシクロデキストリンを化学結合させると、胃や小腸で吸収されることによる副作用が低減されて、大腸で薬効を発揮することができます(図2)。最近では、シクロデキストリンとポリエチレングリコール(PEG)が分子ネックレス構造を有する超分子複合体を形成することを利用して、PEGを結合させたインスリンやリゾチームの効果をより長期間持続できるようになることを明らかにしました。

 最近、シクロデキストリンをくすりの添加剤やくすりを運ぶ材料として利用するだけでなく、シクロデキストリン自身をくすりとして利用する試みが行われています。例えば、γ‐シクロデキストリンに8個の疎水性の官能基を付け、さらにその先にマイナスの電荷をもった官能基(カルボキシ基)を導入したスガマデクス(商品名:ブリディオン®)と呼ばれる医薬品があります。これを手術時に注射すると血液中で筋弛緩薬を安定に包み込み、これにより、筋肉が弛緩した状態から患者を速やかに回復させることができます。本分野でも、シクロデキストリン自身がくすりになることを最近見出しています。シクロデキストリンの1種であるヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンは、難治性小児脂質蓄積病ニーマンピックタイプ C 病(NPC病)といわれる病気に対して、神経症状の悪化を抑制することが明らかになり、現在、佐賀大学や本学臨床薬理学分野と共同でその機構解明を行っています。最近では、ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンにラクトースを結合させた化合物が、NPC病により高い治療効果を示し、安全性にも優れることを明らかにしました。さらに本分野では、メチル-β-シクロデキストリンに、がん細胞への道しるべとなる葉酸を結合させ、これが、がん選択的な抗がん剤として有用であることを最近見出しました。この葉酸修飾メチル-β-シクロデキストリンは、オートファジーと呼ばれる現象を介して抗がん活性を示すことも発見し、現在、その詳細なメカニズムを研究しています。他にも本分野は、ジメチルアセチル-β-シクロデキストリンが、リポポリサッカライドを包み込むことで敗血症性ショックの治療薬になることや、グルクロニルグルコシル-β-シクロデキストリンがトランスサイレチンと呼ばれるタンパク質の線維化を抑制し、家族性アミロイドポリニューロパチーの治療薬として有用であることも明らかにしています。このように、シクロデキストリンは様々な病気のくすりになる可能性を秘めており、現在、実用化に向けて研究を行っております。

  • 図1
  • 図2