研究・教育紹介 RESEARCH

 疾患モデル

疾患モデル

マウスの遺伝子を操ることでゲノムの働きを解き明かす

分かっていそうで分かっていない遺伝子の働き

 今や、ヒトの遺伝子も、マウスの遺伝子もその塩基配列はほぼ全て読まれている時代です。ところが、読まれた塩基配列を見ればその遺伝子の機能が全て分かるかというと、実は、今はまだ分からない(暗号の真の解読はまだ出来ていない!)ことの方が多いのです。例えば、ここに遺伝子があるということは配列から分っても、それがいつどこでどのようにして働いているのかは、今の私たちの知識では、完全な予測は不能なのです。最近では、ここは何の働きもしていないと思われていた部分においても、転写されて働いていた、という発見も多くなされています。生命は、遺伝子が常に読まれ働くことで、維持されていますから、遺伝子の働きを知ることは、薬の開発や病気の治療法の開発につながる重要なことといえます。

マウスで分かれば、ヒトでも分かる!

ではどうやって、遺伝子の働きを探ればいいでしょうか?そのためには、調べたい遺伝子を無くしたらどうなるか(遺伝子のノックアウト)、逆に、余分に加えるとどうなるか(遺伝子の導入)、を研究することが最も有効です。しかし、ヒトを使う訳にはいきません。そこで、ヒトと同じ哺乳類であるマウスの出番です。マウスは、生まれて2ヶ月で大人になり、小型で飼育も容易、繁殖力旺盛、と実験動物として理想的なのです。私たちの研究室では、マウスの遺伝子を扱う様々な技術を駆使して、遺伝子が操作されたマウスを作っています。

マウスの遺伝子を操作する技術

 マウスは、受精卵を採取したり、その受精卵を数日間培養器の中で発生させたり、一度取り出した受精卵を別のマウスの卵管や子宮に戻して出産させたり、という胚操作技術が最も完成している哺乳類です。その技術をもとに、取り出した受精卵に、組換えDNA技術で作製した遺伝子を注入 (図1) し、本来マウスにない外来遺伝子を持ったマウスを作製することができます。例えば、がんを引き起こす遺伝子をマウスに導入して働かせることで、高率にがんになるモデルマウスを作ることができます。また、体の様々な細胞に分化できる胚性幹細胞 (ES細胞、図2) を用いて、特定の遺伝子を破壊したり、特定の部位に任意の遺伝子を挿入することもできます。さらに、最近では、ゲノム編集技術の開発 (図3) により、ES細胞を介することなく、直接受精卵の中でゲノムの中の特定の場所に変異を加えたり、他の遺伝子を挿入させることも可能になりました。私たちの研究室でも、それらの最新技術を取り入れ、様々な遺伝子改変マウスを作製しています。

図1 受精卵へのマイクロインジェクション。前核に直接DNA溶液を細いガラス針で打ち込む。
  • 図2 ES細胞。右下はそのES細胞を用いて作製したキメラマウス。茶色の毛の部分はES細胞に由来しています。
  • 図3 ゲノム編集で色素を作る遺伝子を着る操作を加え、生まれてきたマウス。アルビノ(真っ白)になったマウスでは、ホモに変異が入ったと考えられる。

病気のモデルや治療法の開発に役立つマウスとは?

 ヒトには、多くの遺伝病が知られており、治療法が確立されていないものもあります。マウスの正常な遺伝子をヒトの病気の遺伝子と置き換えれば、その病気のモデルマウスができ、治療法の開発に役に立つと期待されます。また、ある薬がどういう遺伝子またはタンパクに効くのかが分かっている場合、その効き目を試す場合でも、実験動物としてマウスを使った場合には、マウスの遺伝子やタンパクに対する効果を見ることになってしまいますが、マウスにおいてその遺伝子をヒトのものに置き換えてしまえば、マウスにおいて、ヒトの遺伝子やタンパクへの効果を見ることができるようになります。私たちは、遺伝子を操作する技術を駆使して、創薬・治療法の開発に役に立つマウス作りを目指しています。

まだ知られていない遺伝子を見つけるには?

 遺伝子を操作するには、対象の遺伝子が分っていないと操作できません。ですから、「まだ発見されていない遺伝子」は対象外になってしまいます。では、どうやって見つけたらいいのでしょう?私たちは「遺伝子トラップ法」という手法で、新しい遺伝子を見つけようとしています。さすがに、今の世の中、タンパク質を作る遺伝子はほぼ全て明らかになっています。しかし、タンパク質にならない遺伝子は、多く存在すると言われているにも関わらず、研究されている遺伝子は非常に限られています。そして実際、「遺伝子トラップ法」で捕まえてきた遺伝子の中には、タンパク質にならない遺伝子も1割ほど存在しますが、その働きは全く研究されていません。「遺伝子トラップ法」はES細胞を使っていますから、捕まえた遺伝子が壊れたマウスをすぐに作ることが出来ます。私たちは、これらのマウスを研究していくことで、新しい遺伝子機能の発見に貢献できると考えています。