研究・教育紹介 RESEARCH

薬物送達学

薬物送達学

未来の薬学を拓く学問「超分子薬学」の提案
~熊薬発の新しい薬学の創生を目指して~

医薬品の推移

 現在の医薬品は、天然物や合成低分子が大多数を占めています。また近年では、ペプチド、タンパク質、抗体などの中分子・高分子が台頭しています。近い将来には、核酸や細胞が医薬品の主流になると考えられています。当研究室では現在の医薬品の推移とは別の視座から未来の医薬品を創造したいと考え、新しい学術領域「超分子薬学」を提案しています。細胞を傷つける物質に常に曝されているため、これらに対抗する強力な防御システムを兼ね備えていることがわかってきました。

超分子・超分子化学とは

 超分子とは、複数の分子が集合してあたかも一つの分子のようにふるまう物質のことをいいます(図 1)。また、超分子を創るための学問を超分子化学といいます。超分子は構成成分単体では成し得ない多彩な機能を発現することから、文字通り"分子を超えた分子"として大変注目されています。近年、超分子を分子マシンや次世代型自動車の部品として利用する研究が展開されており、超分子は未来の新材料として大きな期待を集めています。超分子というと理工学分野のイメージが強いのですが、実は医学薬学分野にも超分子あるいは超分子化学が溢れています。例えば、我々の体の中にあるDNAや細胞などは非常に精密に設計された超分子ですし、免疫反応や細胞内シグナル反応なども芸術的な超分子化学反応です。薬物が体に作用する反応も超分子化学に基づいています。極論を言えば、人間自体を1つの超分子と考えることもでき、生きているということは体内で超分子化学反応が絶えず起き続けていることと思考することもできます。このように、医学薬学分野において超分子・超分子化学は不可分の関係でありますが、医学部や薬学部で超分子化学を履修することは殆どありません。

図1 分子と超分子の違いのイメージ

超分子薬学の提案

 このような背景に基づき当研究室では、薬学に超分子・超分子化学の概念を積極的に導入することによって、従来の薬学を超えた新しい薬学を創生したいと考え、新規学術領域「超分子薬学」を提案しています。これにより、これまでにない新しい医療、薬物、技術、素材、診断法、機序、仮説などを創生することができると考えています。例えば我々は現在、超分子薬学の概念に則り、既存の薬物の性質を格段に向上させる超分子アクセサリーを開発しています。具体的には、糖尿病治療に用いられるインスリンのために、超分子イヤリングあるいは超分子ネックレスをデザインし装飾すると、既存の持続性インスリン製剤よりも血糖降下作用が持続することを明らかにしました(図2左)。さらに我々は、薬物のかたちを認知して変形・相互作用する超分子ナノロボットも構築しています(図2中)。超分子ナノロボットが薬物と複合体を形成すると、熱や振とうなどの刺激によって惹起される薬物の劣化を防いでくれます(薬物護衛ナノロボット)。また超分子ナノロボットは、細胞の中に入りにくい薬物を細胞内に運び、適切な場所で薬物を放出する機能も有しています(薬物送達ナノロボット)。さらに我々は、がん細胞を察知して選択的に傷害する超分子抗がん剤も構築しています(図2右)。このように、超分子薬学の概念に基づいて新しい薬学の構築に挑戦すると、これまでの薬学を超えた医薬品や医療技術の創出が期待できます。

図2 超分子アクセサリー、超分子ナノロボットおよび超分子抗がん剤