研究・教育紹介 RESEARCH

微生物薬学

微生物薬学

薬学発の新技術による診断イノベーション

診断が支えるすぐれた国民医療

 体の具合が悪く病院に行くと、どのような病気か診断された後に、治療方針が決定され、治療が開始されます。正しい診断が行われない場合、治療が遅れるだけではなく、間違った治療を受けることになり、患者は甚大な不利益を被ることとなります。診断は、当初、医師の経験と勘による診断でしたが、機器による客観的な数値による診断と変わりつつあります。血液検査や尿検査で様々な病気が診断できるようになれば、全国のどのような病院においても正しい診断による適切な治療が等しく可能となります。つまり、新しい診断法の実現は新しい薬の実現と同等のインパクトを国民医療に与えるため、様々な診断技術の開発が進んでいます。

薬学でなぜ診断?

 なぜ、薬学で診断の研究をおこなうのか?これまでは診断技術は工学で開発され、医学で応用される医工連携がほとんどです。しかし、工学と医学は別分野であるため、連携が必ずしもうまくいかず、新しい診断の開発の障害となっています。一方で、薬学は複合領域であり診断開発に必要な生命科学、臨床、物理化学、分析のすべてがそろっている唯一の領域です(図1)。つまり薬学を要とすることで、優れた診断技術を開発できるのです。

図1 融合領域である薬学からの診断開発

タンパク質の量を測る新技術

 診断は病気を示すもの(=バイオマーカー)の量を測り、その量を示す数値によって行います。既存のバイオマーカーの多くはタンパク質です。これは、生命現象を担う分子はタンパク質であり、生命現象の変化に敏感に反応するためです。現在の診断は、バイオマーカーのタンパク質の機能(酵素活性)で測る、もしくは、特定のタンパク質とだけ結合するタンパク質(抗体)を用いてバイオマーカータンパク質の量を測っています。しかし、新しい診断法を作るためには膨大に時間がかかり、またほかのタンパク質も測ってしまうなど様々な問題点が浮上してきています。我々はこの問題点を新しい独自技術を応用することで効率的に優れた診断法を作ることを可能にしました。我々の開発した独自技術は質量分析と呼ばれる技術を応用し、タンパク質の量を測る新しい技術です。この技術を用いることで、目的のタンパク質の量を測る方法を作る期間を劇的に短縮し、また、測りたいタンパク質だけの量を正確に測ることができます。この新しい技術をさらに改良し、国民医療に貢献する新しい診断法を作ること(=診断イノベーション)が、開発者としての使命の一つです。

がん診断への挑戦

 新技術応用による診断開発の場に、我々はがん(癌)を選びました。手術で切除可能な時期にがんを発見できる早期発見と適切な薬と治療を選ぶことができる個別化治療を可能とする診断法の実現が、日本での死因の第一位であるがんの治療効果を大幅に改善すると期待されています。

 これまでに様々なタンパク質ががんの診断に有用なバイオマーカーの候補として発見されてきました。しかし、いい抗体がないために診断につながりませんでした。我々の技術を用いることで、この状況を一気に打破することが可能です。これまでに、従来の診断では見つけることができなかった早期膵がんの発見に有効なバイオマーカーを同定し、診断法の検証を実施しています。

 新しい抗がん薬である分子標的薬は、その効果から夢の薬としてがん治療を変えると期待されています。一方で、イレッサのように致死的な副作用が問題となるだけではなく、高価であるため患者の経済的負担は大きくなります。従って、診断によって患者に有効な分子標的薬を選択することが必須です。従来は分子標的に対してくすりが効く患者を判定する診断法の開発が行われています。しかし、特定の患者にどのくすりが効くかを判断できる診断法こそ開発すべきと考えて我々は研究を行っています(図2)。

図2 「患者を選ぶ」か「くすりを選ぶ」個別化治療への転換

 分子標的薬は、その名の通り薬が標的とする分子(タンパク質)が明確です。そこで、我々はがん組織での複数の標的タンパク質の量を測り、その量によってその患者に効くくすりを判断できるのではないかと考えました(図3)。金沢大学大学院医学研究科の中田教授との共同研究のもと、脳腫瘍の患者のがんに発現する標的タンパク質の量をはかり、その情報をもとに薬を選択し治療を行いました。その結果、別のがんに対する薬によって脳腫瘍の縮小効果が得られました。つまり、タンパク質の量による診断は分子標的薬の選択に有効です。また、薬物治療のためにはがんは組織で区別するだけではなく、発現するタンパク質によって区別することも今後必要になるのではないでしょうか。

図3 新技術を用いた分子標的薬を選ぶ個別化治療

新技術が切り開く新しい研究領域

 診断への応用は、新しいタンパク質の量を測る技術の応用の一つにしか過ぎません。新技術は新しい研究領域の大きな駆動力となります。我々は新技術をコアとして、診断以外の領域でも様々な研究を行っています。生命現象は、徐々にこれまでの生命科学ではとらえきれないほど複雑な情報の集合体となりつつあります。このような時こそ、新しい技術を開発し、積極的に取り込み、そして目的に対して邁進することで新しい研究展開が期待できます。