
一人ひとり体格や性格が違うように、病気になりやすい人となりにくい人、薬が効く人と効かない人と千差万別です。そのため、一人ひとりの特性に応じた予防や治療法の確立を目指す医療(すなわち"精密医療")の実現は、より良い医療や社会の実現のために必要不可欠です。本研究室では、精密医療を推進するために、遺伝的背景といった個々の特徴の違いから、病気になりやすさや薬の効きやすさを事前に予測し、一人ひとりに最適な病気の予防策(先制医療)や薬による治療法(薬物治療)を提供することを目指した研究を行っています。具体的には、国内外の多くの医療機関と連携して、病気になりやすさや薬の効きやすさに関係する患者さんの要因を、当研究室が得意とする生物統計や数理モデル、機械学習の技術を駆使して慎重に解明し、それにより一人ひとりに最適な医療を提供するシステムの開発に挑戦しています。
メタボローム研究は、血液中に含まれる脂肪酸やアミノ酸、糖などの「小さな分子」をまとめて調べ、体の状態や病気のなりやすさを読み解く研究です。私たちは、400人の血液中の脂肪酸を測定し、そのバランスをFuzzy c-means法(ソフトクラスタリング)という機械学習の方法で解析しました。この方法は、個々の脂肪酸バランスの違いにより対象者を群分けする方法であり、実際に4つの特徴的なパターンが見いだされ、そのうちの一つは脂肪肝と強く関連していました(図1)。また、この方法は対象者を単純に一つの群へ分けるのではなく、複数の群への近さも含めて評価できるため、脂肪酸バランスの違いを連続的に捉えることができ、個々の特徴や予防効果を評価することも可能となります。この研究は、体質の違いをより細かく理解し、一人ひとりに合った生活改善や病気の予防に役立て、効果的な先制医療の実現につながることが期待されます。
糖尿病は、血液中のブドウ糖(血糖)が多くなりすぎる病気で、日本人の約6人に1人が糖尿病またはその予備軍と言われています。血糖値が高いまま何年間も放置されると、血管が傷つき、将来的に心臓病や、失明、腎不全、足の切断といった、より重い病気(合併症)につながります。一方、合併症の起こりやすさや血糖値を下げる薬(糖尿病治療薬)の副作用の出やすさには明確な男女差があることを、これまでに私たちは明らかにしてきました。しかし、現在の糖尿病治療で性別が考慮されることは、妊娠時を除きほとんどありません。そこで私たちは、男女それぞれに効果的で安全な治療法を確立し、合併症の発症・進行の抑制につなげたいと考えています。その一環として、持続的に測定した血糖データを始めとする様々な患者さんの情報を用いて、薬の効き方や副作用の出やすさを予測する機械学習モデルを、男女別に作り上げようとしています。最終的には、完成したモデルをもとにアプリケーションを開発して、病院などで簡単に現状の治療評価やシミュレーション(例えば、ある薬の量を減らした場合に、1ヵ月後の効果や副作用の予測がどう変わるかの確認)をできるようにすることを目指しています(図2)。
うつ病は人口の約6%の人が一生に一度は罹患する、極めて発症頻度の高い病気です。うつ病は精神的・身体的ストレスなどで脳の機能が障害され、一日中気分が落ち込む、興味が湧かない、眠れない、疲れやすいといった症状が2週間以上続く精神疾患です。うつ病の治療には、薬物治療が重要であり、様々な抗うつ薬の中から患者さんの症状に応じて治療薬が選択されます。しかし、薬を飲み始めてから効果が表れるまで一般に約1か月を要する上、約半数の患者さんは最初に選択した薬に効果を示さず、別の薬を選択し直す必要があります。そこで私たちは、数理モデルを用いた解析技術で、患者さんの情報(うつ病の重症度や血液中の抗うつ薬濃度)から、薬を飲み始めて1週間程度で、その薬が患者さんに効果があるのかを正確に予測することに成功しました(図3)。さらに、機械学習などの技術を活用することで、患者さんが薬を飲む前に、薬が効くかどうかを予測できる可能性も見出しています。この技術を活用すれば、try and errorで薬を選択するうつ病治療の難しさを克服でき、画期的な診療システムの構築に繋がると予想されます。