
熊本大学薬学部・遺伝子機能応用学分野では、病気が起こるしくみを分子レベルで解き明かし、その成果を治療薬や予防法の開発、さらに社会で役立つ形へとつなげる研究を進めています。出発点として特に大切にしているのは、患者数は多くなくても、一人ひとりの生活への影響が大きい遺伝性疾患です。こうした病気を丁寧に調べることで、病気の本質に迫る重要な手がかりが得られます。
そして、その知見は腎臓病や肺の病気、加齢に伴うさまざまな疾患など、より多くの人に関わる健康課題にも広がっていきます。熊本大学薬学部の強みは、基礎研究、創薬、社会実装までを一つの流れとして結びつけられることです。病気を理解するだけで終わらず、実際に人々の健康に役立てるところまで見すえている点に、この分野ならではの魅力があります。
腎臓は、体の水分や塩分のバランスを整え、老廃物を体の外へ出す働きを担う大切な臓器です。この機能が低下すると、むくみや高血圧、全身の不調につながり、生活の質も大きく下がってしまいます。
私たちは、Alport症候群やネフローゼ症候群などの遺伝性腎臓病に注目し、たんぱく質が正しく形づくられないことが病気の原因となる仕組みの理解やその包括的治療を目指して研究しています(図1)。こうした「たんぱく質の折りたたみ異常」に関する知見は、これまで積み重ねてきた研究の大きな強みです。
さらに、治療薬の候補を探し出すだけでなく、大学発ベンチャー「GALTS Pharma」と連携し、研究成果の実用化も進めています。患者さんや医療現場の声を研究に生かしながら、病気の根本に迫る新しい治療法の実現を目指しています。
痘そうワクチンの研究では、より安定して安全に製造できる新しい方法の確立を目指しています。現在の製造法では、製造のたびに動物由来の細胞を準備する必要がありますが、この工程には手間がかかり、安定供給の面でも課題があります。
そこで熊本大学とKMバイオロジクス株式会社は連携し、繰り返し安定して利用できる「株化細胞」を用いた製法の開発に取り組んでいます。これが実現すれば、より近代的で再現性の高いワクチン製造につながります。
感染症への備えが世界的な課題となるなか、必要なワクチンを安定して届けられる体制づくりは、社会にとって非常に重要です。熊薬では、こうした社会的意義の大きい研究にも挑戦しています。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの肺の病気は、同じ病名でも症状や原因が人によって異なります。炎症が強い人もいれば、肺胞の破壊が進んでいる人、代謝の乱れや喫煙の影響が大きい人もいます。
そこで私たちは、COPDモデルマウス・細胞を用いたストレス負荷・併存疾患研究を通じて「治せる手がかり」を見つけ、その人に合った治療や予防につなげる研究を進めています。臨床データに加えて、細胞やマウスを使った実験、さらに最新の解析技術も活用し、肺の中で何が起きているのかを詳しく調べています。
また、喫煙や加熱式たばこが体に与える影響についても、実際のデータに基づいて検討しています。将来は、一人ひとりの状態に応じた、より効果的な治療や予防法を提案できるようになることが期待されます。
体内で異常なたんぱく質が集まり、臓器の働きを妨げる病気をアミロイドーシスといいます。私たちは、遺伝性ATTRvアミロイドーシスを中心に研究を進めながら、アルツハイマー病など、高齢化社会でますます重要になる病気にも応用できる手がかりを探しています。
特に注目しているのは、すでにできてしまったアミロイドを壊す治療法です(図3)。これは、病気の進行を抑えるだけでなく、原因そのものに働きかける可能性を持った研究です。
医学部などとの共同研究を通して、患者さんの検体やモデル生物を用いながら、より効果的な化合物の開発を目指しています。高齢化が進む社会において、多くの人の未来を支える研究といえます。
超高齢社会では、長生きすることに加えて、元気に自分らしく暮らせる期間、つまり健康寿命をのばすことが大切です。そこで本研究室では、線虫(Cエレガンス)という小さな生き物を使った健康寿命評価系「C-HAS」を活用し、フレイル予防や老化の研究を進めています(図4)。
線虫は小さな生物ですが、老化のしくみを調べるうえで多くの共通点を持つため、薬学研究でも重要なモデルとして使われています。私たちは、この評価系をもとに、老化を防ぐ成分や仕組みを効率よく探しています。
さらに、植物や微生物由来の成分データ、天然物エキスの情報をデジタル技術でつなぎ、研究をより速く、より正確に進めています。大学発ベンチャー「C-HASプラス」と連携し、研究成果を社会に届ける仕組みづくりにも挑戦している点が大きな特色です。