
私たちの体の中には、多種多様な機能を持つ細胞が存在します。しかし、これらの細胞は、大きく分けるとたった 2 種類に分けることができます。一つは、体細胞と呼ばれるもので、私たちの生存を維持するために必要な細胞です。もう一つは、生殖細胞と呼ばれるもので、卵子や精子を作ることに特化した次世代をつくる細胞です。体細胞は、分裂できる回数が決められており、一定の分裂回数に達すると分裂を停止します。そうなると、私たちの体の中でさまざまな機能障害が起き、その結果、死が訪れます。一方、生殖細胞は卵子や精子を介して次世代に遺伝情報を伝える役割を担っています。つまり、生殖細胞は世代と世代の間の生命をつなぐバトンの役割を果たしています。したがって、生殖細胞の系列(以下、生殖系列)は、世代を超えて生き続ける「不死」の細胞系列と言えます。では、生殖系列の不死性はどのようなメカニズムによって支えられているのでしょうか。
細胞が老化する原因の一つとして、遺伝情報が書かれている DNA(以下、ゲノム)が不安定化することが知られています。ゲノムが不安定化する主な要因として、紫外線、放射線、化学物質、喫煙などの外的要因と、代謝によって発生する活性酸素、ストレスによる酸性度の変化、さらには細胞分裂の際の DNA 複製エラーや DNA 修復時のエラーなどの内的要因が挙げられます。どちらの要因にしても、生きている時間とともにゲノムが不安定化するリスクが上昇するのは理解できると思います。ゲノムの中には、特に不安定化しやすい領域があり、その代表例としてリボソーム DNA(以下、rDNA)があります。rDNA がなぜ不安定化しやすいのかというと、同じ DNA 配列が数百回も繰り返し書かれているからです(図 1)。この反復配列構造が原因となって、同じ染色分体上のrDNA コピー間で組換えが起きてしまい、その結果、rDNA コピー数が減少してしまいます(図 1)。これまでの私たちの研究から、加齢とともに雄のショウジョウバエの生殖系列では rDNA コピー数の減少が起きることが明らかになりました(図 1)1。興味深いことに、減少した rDNA コピー数は、精子を介して次世代(子ども)へ受け継がれることもわかりました1。つまり、年老いた父親由来の子供は、少ない rDNA コピー数を受け継いで人生ならぬ「ハエ生」をスタートすることになります。ここで重要な問題は、rDNA は生きるために不可欠なゲノム領域であるということです。したがって、加齢に伴う rDNA コピー数の低下が世代を超えて繰り返し起きると、rDNA が完全にゲノムから消失してしまい、それはイコール、種としての絶滅を意味します。しかし、ハエは地球上から絶滅していませんし、同じ反復配列構造の rDNA を持つヒトも絶滅していません。したがって、生物は、減少した rDNA のコピー数を回復するための何らかのメカニズムを持っていると考えられます。
約50年前の研究から、少ない rDNA コピー数を持って生まれた雄のハエの精巣において rDNA コピー数の回復が起きることが報告されていました (図 1)2,3。さらに、最近の私たちの研究から、精巣の中にある生殖幹細胞が rDNA コピー数回復の場となっていることが明らかとなりました4,5。具体的には、1段階目として、DNA 複製後に姉妹染色分体間において rDNA コピーの「ずれた」位置で組換えが起き、片方の染色分体で rDNAコピー数の増加が起きます (図 2A)。その後、2段階目として、rDNA コピー数が増加した染色分体が生殖幹細胞となる娘細胞に選択的に分配されることがわかりました (図2A)。生殖幹細胞は常に非対称に分裂し、生殖幹細胞と精子へと分化する細胞を生み出し続けるため、生殖幹細胞の分裂サイクルにおいて rDNA の「ずれた」組換えと rDNA コピー数の増加した染色分体の選択的な幹細胞への分配が繰り返し起きることによって、rDNA コピー数の回復が起きていると考えられます (図 2B)。加齢に伴って減少したrDNA コピー数を回復するこのプロセスは、生殖系列の「若返り」のプロセスであると捉えることができ、まさにこの「若返り」によって生殖系列は不死性を有していると考えられます。
ハエに限らず、ヒトをはじめとした哺乳類においても rDNA は反復配列構造をとっています。すなわち、rDNA が不安定化しやすいゲノム領域であることはヒトにおいても言えることです。哺乳類の生殖系列も、加齢によって減少した rDNA コピー数を回復する能力を持つことで不死性を有しているのか、今後明らかにしていきたいと考えています。また、成体内の組織の中には分裂寿命の長い成体幹細胞がいます。また、がん細胞は何らかの方法によって長い分裂寿命を獲得することで不死化していることが知られています。これらの細胞は、生殖幹細胞のように rDNA コピー数を失うことなく維持することによって不死化しているのか、明らかにしていきたいと考えています。