
"天気が悪いとなんとなく体調が良くない"、と感じたことはないでしょうか?温度、湿度、気圧などの気候変動に伴って生じる身体の不調全般を「気象病」といい、特に気圧変動に伴う頭痛や関節痛、うつ・不安症状が有名です。気象病患者は年々増え続けており、女性の罹患率が男性よりも高いことが知られていますが、気象病の発症メカニズムは解明されていません。
私たちは、気圧変動環境を再現する独自のシステムや、実験動物における様々な生理パラメーター変化をリアルタイムで測定できるデバイスを開発してきました。その結果、低気圧環境に暴露すると脳内のヘモグロビン量が増えることや、気圧変動環境に暴露した際の脳の温度変化に明らかな性差が認められることがわかってきました(図1)。また、片頭痛治療に用いられる五苓散や、桂枝二越婢一湯加朮附などの漢方薬が、気圧変動に伴う脳内ヘモグロビン量の変化や関節痛症状を正常化することも明らかにしました。このように、様々な生理パラメーター変化のリアルタイムモニタリングを糸口に、気象病の全容解明を目指しています。
私たちは、あらゆるものと多様な関係性をもちながら社会生活を営んでいます。そして社会システムに適応できないことや、既存の社会システムの大きな変動に適応できないことは、うつ病やひきこもり、肥満や痩せ等の様々な疾患のリスクとなります。しかし、"どのような社会的関係性をもつと精神的ストレスが軽減されるのか?"という疑問は解明されていません。
「ヒトと実験動物のギャップ」を埋めるため、私たちは、実験動物であるマウスの個性・性格に着目したアプローチを行なっています(図1)。これまでに、精神状態に大きな影響を与える「遺伝的要因」と「環境的要因」の相互作用に介入し、マウスの社会的関係性を操作できる実験装置とモデル系を開発しました(図2)。さらに、行動テストバッテリーを行うことで、様々な精神状態(社会性、うつ状態、不安状態など)を解析しています。他者との関係性で成り立つ社会適応メカニズムを解明し、あらゆるストレス問題の解決を目指しています。
私たちは、新しいことに挑戦する時や大事な場面で一歩を踏み出す時など、日常生活の様々な場面で「がんばりたい気持ち」と「ちょっと怖いな」という気持ちの葛藤に直面します。私たちの研究室では、このような迷いの中で脳がどのように情報を統合し、最終的な行動を選択しているのかを調べています。特に、行動の実行や抑制を制御する神経活動ダイナミクスに着目して研究を進めています。
マウスを用いた独自の葛藤試験と、カルシウムイメージングと呼ばれる脳の活動を可視化する技術を組み合わせることで、迷っている時や決断する瞬間の脳の活動をリアルタイムに観察しています。さらに、光遺伝学や薬理学的手法といった特定の神経のはたらきを一時的に強めたり弱めたりする手法を用いて、行動がどのように変化するかも調べています。こうした観察と操作を組み合わせることで、どの神経活動が行動の選択に関わるのかを因果的に明らかにしています。
強いストレスが続くと、やる気が出なくなったり、必要以上に不安になったりすることがあります。こうした「こころの不調」の背景には、脳のはたらきのバランスの乱れがあると考えられています。私たちの研究は、行動選択を支える神経メカニズムを解明することで、こころの不調がどのように生まれるのかを理解し、将来の治療や支援につなげることを目指しています。脳のしくみを解き明かすことで、新しい薬の標的や治療戦略の発見に貢献したいと考えています。
脳に酸素や栄養を補給する脳血管系のはたらきは、脳機能を正常に保つために重要です。脳血管のはたらきが破たんすることで生じる病気を脳卒中と言い、これには主に脳血管がつまるもの(脳梗塞など)と脳血管が破れるもの(脳出血など)があります。脳出血の場合、破れた血管から漏れ出た血液は、血液の塊(血腫)を作って脳組織に物理的なダメージを与えますが、血液の成分が脳の細胞に直接作用し、炎症反応を引き起こすことなどによってもダメージが拡大します。
脳出血は致死率が高く、また生存した場合も半身まひなどの重い後遺症をもたらす病気です。脳出血による脳のダメージを防ぐ薬物療法は確立されておらず、新たな脳保護薬の登場が期待されています。
新薬を開発する過程では、病気の動物モデルを用いた薬物効果の検討が必要になります。脳出血のモデルを作成する場合、マウスなどの実験動物の脳にコラゲナーゼという酵素を注入し、血管壁を溶かすことで出血を誘発する方法があります。私たちはコラゲナーゼの注入場所と、注入の結果できた血腫の大きさや位置、そしてマウスの運動まひの程度などの関係性について詳しく調べ、実験条件を適切に設定して作成したマウス脳出血モデルがヒトの脳出血の状態をかなり忠実に反映できることを明らかにしています。特に、脳の中の「内包」と呼ばれる場所が出血によってダメージを受けると、重い運動まひが生じます(図1)。私たちはこのような動物モデルを用いて、新たな脳出血治療薬の開発に貢献するための研究を進めています。
さて、炎症反応が脳出血による脳のダメージの拡大に関わるのであれば、炎症反応を抑えれば良いということになりますが、それにはいくつかの方法が考えられます。一つは、ミクログリアという細胞のはたらきを調節することです。ミクログリアは脳の中で多彩な役割を担っている細胞で、過剰な炎症を引き起こすこともあれば、炎症を収束させて組織の修復に寄与する側面もあります。私たちは、ミクログリアからの炎症促進物質の放出を減少させることのできる薬物が、脳出血による脳のダメージやマウスの運動まひを軽減することを見つけています(図2の上半分)。
また別の方法として、白血球の動きを阻止するというものがあります。脳出血が起きると、血液に含まれている白血球も当然脳の中に入ってきますが、血腫ができあがって出血が止まった後になっても白血球(特にそのなかでも好中球という細胞)はじわじわと脳の中へ滲みこんできて(浸潤という)、脳の炎症反応に関わることが分かっています。私たちは、そのように遅れてやって来る白血球の浸潤を食い止めることのできる薬物がマウス脳出血モデルの症状を改善することも明らかにしています(図2の下半分)。
一方で、炎症反応に対して特段の作用を示さないのに、脳出血による運動まひを軽減できる薬物もいくつか見つかってきています。そのような薬物には「内包」のダメージを抑えるという共通点が見られることから、その作用のメカニズムについても解析を進めています。こういった研究の積み重ねによって、新たな治療薬の開発への糸口が見え始めています。