研究・教育紹介 RESEARCH

創薬データサイエンス分野

創薬データサイエンス分野

創薬データサイエンス
-データサイエンスが開く次世代の創薬

新しい薬を開発するには、長い時間と多くの試行錯誤が必要です。研究者は膨大な数の化合物の中から、病気の原因となるタンパク質にうまく作用する分子を見つけなければなりません。従来は、実験室で化合物を合成し、その効果を確かめるという方法が中心でした。しかし近年では、コンピュータを活用した新しい創薬研究が急速に発展しています。

熊本大学薬学部の創薬データサイエンス分野では、コンピュータシミュレーションと人工知能(AI)を組み合わせて、新しい薬を設計する方法を研究しています。分子やタンパク質のふるまいをコンピュータの中で再現し、その結果をAIで解析することで、有望な薬の候補をより効率的に見つけ出すことを目指しています。

分子の世界をコンピュータで理解する

薬は、体内にある特定のタンパク質に結合することで効果を発揮します(図1A)。タンパク質は一見すると固い構造のように思われますが、実際には絶えず動き、形を変えています。このような「動き」を理解することは、薬を設計するうえで非常に重要です。

そこで私たちは、分子動力学シミュレーションと呼ばれる方法を用いて研究を行っています。これは、分子を構成する原子一つひとつの動きをコンピュータで計算することで、タンパク質の構造変化や薬分子との結合過程を原子レベルで追跡する技術です。スーパーコンピュータも利用しながら、実験だけでは観察が難しい分子のふるまいを詳しく調べています(図1B)。

図 1(A)抗がん剤 dasatinib が、がんに関わるタンパク質「キナーゼ」の結合ポケット(オレンジ色の部分)に結合している構造。薬はこのポケットに結合することでタンパク質の働きを抑えます。(B)スーパーコンピュータ「富岳」を用いたシミュレーションによって明らかになったキナーゼの構造変化。タンパク質は活性型と非活性型の間を行き来しており、非活性型ではポケット付近のアミノ酸(黄色)が動くことで、薬分子の入りやすさが変化します。

このようなシミュレーション研究によって、薬がどのようにタンパク質に結合するのか、またどのような構造の分子がより効果的なのかを理解することができます。

AIが新しい分子を生成する

近年、AIの進歩により研究の世界は大きく変わりつつあります。スマートフォンのアプリで、AIが「ジブリ風」のイラストや「村上春樹風」の文章を生成するのを見たことがある人も多いでしょう。実はこのような考え方を、薬の研究にも応用することができます。

私たちの分野では、生成AI(生成モデル)を用いて新しい薬の分子を作り出す研究にも取り組んでいます。AIに「このタンパク質に結合する分子を作りたい」といった条件を与えると、その条件に合う新しい分子構造を、AIが提案してくれるのです(図2)。

図 2 タンパク質の結合ポケットの形や性質をコンピュータで解析し、その情報をAIに入力することで、薬の候補となる新しい分子を自動的に生成する研究のイメージを示した図。AIは大量の分子データから学習し、標的タンパク質に結合しやすい新しい分子を提案することができる。

これまでの創薬研究は、既に存在する化合物の中から薬の候補を探すことが中心でした。しかし生成AIを使えば、まだ誰も作ったことのない分子をAIが設計することが可能になります。これは、創薬研究の可能性を大きく広げる新しいアプローチとして世界中で注目されています。

データサイエンスが切り開く未来の創薬

創薬データサイエンス分野では、コンピュータシミュレーション、AI、そして理論的な解析手法を組み合わせながら、「より良い薬」を効率よく見つけ出す方法を研究しています。こうした研究は、新しい治療薬の開発だけでなく、副作用の少ない薬の開発にもつながると期待されています。

薬の研究というと、実験室での化学実験を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし現在の創薬研究では、コンピュータやAIが重要な役割を果たしています。数学、物理、情報科学など、さまざまな分野の知識が組み合わさることで、新しい創薬の可能性が生まれています。

コンピュータとAIを活用した創薬研究は、次世代の医薬品開発を支える重要な研究分野になりつつあります。データサイエンスが切り開く新しい創薬の世界は、これからさらに大きく広がっていくでしょう。