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熊薬ものがたり

 熊薬出身者は創薬の分野だけでなく、基礎研究の分野でも大きな足跡を残しています。例えば、本書に見られるように、岡部進教授は、抗潰瘍薬の評価法を考案され、抗潰瘍薬の研究では世界的権威です。また、赤池紀生教授は、1991年のノーベル医学・生理学賞の対象となったパッチクランプ法の開発に重要なヒントを与えた細胞内還流法という手法を始め、数々の最先端の生理学の実験手法を開発、それらを駆使して細胞膜に存在し、細胞の興奮性を制御しているイオンチャネルの解析ですばらしい業績を挙げています。また、熊薬出身で熊薬の教授を務めた庄司省三教授は、米国留学中にA-キナーゼという酵素の全一次構造を決定し、1992年のノーベル医学・生理学賞に貢献しました。

 薬学部における教育・研究は、創薬や薬学の基礎研究だけではありません。もう一つの大きな柱に、薬の副作用や生活の場にあふれている様々な化学物質の有害作用や安全性の問題を克服する分野があります。この分野でも熊薬やその卒業生が優れた業績を残しています。例えば、1993年、帯状疱疹治療薬のソリブジンと抗癌薬テガフールの併用による薬害は、ごく短期間の間に15名ほどの死亡者をもたらし、ソリブジン事件として大きな社会問題となりました。ご記憶の方もおられると思います。渡部烈教授(当時、東京薬科大学教授)はこの薬害の発生の仕組みを見事に解明され、薬の併用による重篤な薬害発生の一つの例として、教科書にも紹介されています(本書68頁参照)。また、人口甘味料チクロ(サイクラミン酸ナトリウム)に関する研究は、熊薬の一番ケ瀬教授や児島助教授によって行われた熊薬の金字塔とも呼べる研究です。当時、チクロはサッカリンなどに代わる、安全な人口甘味料として我が国だけでなく世界中で広く用いられていました。チクロは人口甘味料として人が体内に摂取してもほとんど分解されず、そのまま体外に排泄されるので、安全だと考えられていたのです。しかし、一番ケ瀬教授と児島助教授は、チクロが体内でシクロヘキシルアミンに分解することを世界で初めて証明されたのです。この発見を契機にアメリカのFDAは、シクロヘキシルアミンがカンガルーラットの睾丸生殖細胞に染色体異常を起こすことを報告、チクロの人体に対する毒性が再検討されることになりました。その結果、チクロの発ガン性が問題となり、世界中でチクロの使用が禁止されることになりました。チクロのこの研究は、チクロ自体の発がん性の発見につながり、その使用禁止をもたらしたというだけでなく、この研究以降、食品添加物など身の回りの化学物質の安全性について改めて見直しをする契機になったという意味で、非常に大きな意義があります。

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