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熊薬ものがたり

 最近、薬学の世界では『創薬』という言葉が頻繁に用いられます。新しい化学構造や新しい作用、さらには新しい作用の仕組みをもつ新薬を創りだすという意味です。この創薬という用語は、野口照久氏の造語ですが、創薬という概念をいち早く示し、その重要性を認識し、国内でも最も早い時期に教育・研究に取り入れたのは、熊本大学薬学部であったと言っても過言ではありません。そのことは、ご自身熊薬の出身で、熊薬の教授を務めた加瀬佳年教授(故人)のサイエンスエッセー(日本薬理学雑誌119巻120-122, 2002)からも伺うことができます。

 "機会あるごとに、『わが国の製薬会社は独自に開発した薬をもっていない。外国からバルクで仕入れ、小頌けしているだけだ。大体、薬学そのものが、植物成分を抽出し、化学構造を解明すれば能事終われりとしたためで、薬を創ろうという気がないためだ。これからの諸君は独創的な治療薬を提供してゆかねばならない。多くの患者は待っているのだ。それにはこれまで欠けていた薬理学的知識と研究方法をしっかり身につける必要がある』と吹き込んだ。"加瀬教授の教授就任は昭和36年で、今から約50年前ですから、かなり早い時期から、薬学の教育・研究における創薬の重要性を標榜していたことが伺えます。教授自ら、その範を示されるごとく、咳止め薬の評価法(ある物質や化合物に咳止めの作用があるかどうかを調べる方法)を世界に先駆けて考案され、それを駆使して現在も臨床で使われている咳止め薬、アスベリンを開発されました。この方法やそれを用いた新薬の開発が如何に画期的であったのかは、昭和35年に昭和天皇の熊本行幸の折に、天皇自らその実験をご覧になったことでもわかります。また、熊薬の教授陣により行われた創薬に関連する特記すべき研究として、上釜教授(現崇城大教授)らにより行われた製剤学に関する研究があります。上釜教授らは、医薬品の可溶化や安定化のためにシクロデキストリンという化合物を用いて製剤の面から創薬に貢献され、動脈閉塞改善薬のオパルモンを始め数々の医薬品の開発に貢献しました。

 このような熊薬の先生方の優れた研究や謦咳に接した学生達が、卒業後、企業の研究所に入り、世界水準の新薬、例えば、認知症に用いられるアリセプト(本書28頁参照)、高血圧治療薬のブロプレス(本書13頁参照)、排尿障害治療薬のハルナール(本書22頁参照)など、日本が誇れるすばらしい新薬の開発に貢献しました。2004年の時点でいわゆる売り上げ世界ランキング50位までに国内発の新薬は9品目が入っていましたが、実にその内の3品目は熊薬出身者がその創薬に大きな貢献したことになります。この創薬重視の考えと上述の実績が、全国の薬学部で唯一の創薬研究センターの設置に繋がりました。

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