分子を創ることは、原子同士を結びつけ、その結合様式や立体化学を三次元的に精密制御することで、自然界には存在しない新たな構造を生み出す営みです。わずかな置換基の違いが反応性を左右し、立体構造の差異が物性や生物活性を大きく変えるため、分子を構築するための化学反応の開発が欠かせません。新規合成反応の開発や条件最適化を通して、狙いどおりの分子を効率よく合成することは、有機合成化学の中心的な研究課題です。
私たちが日常的に用いる医薬品の多くは、自然界に存在する天然物を出発点とし、化学の力によって改良されながら生み出されています。例えば、ヤナギ由来のサリシンやその分解物であるサリチル酸には鎮痛作用がありますが、苦みや胃腸障害などの副作用がありました。これに対し、化学修飾によって生み出されたアセチルサリチル酸(アスピリン)は、こうした課題を克服し、より実用的な医薬品として世界中で広く用いられています。
このように、有機合成化学は、生物活性物質をより有効に、より安全に、より使いやすいかたちへと導くことで、医薬品創製を支える重要な基盤となっています。分子薬化学では、「分子をつくること」を原点に、新たな生物活性物質の創出と、新たな機能や秩序を生み出す合成技術の開発をめざして研究を進めています。