研究概要

【研究プロジェクト名および概要】

  1. Ⅰ-1. 薬理遺伝学的根拠に基づいた精神神経疾患治療薬の個別化薬物療法
  2. Ⅰ-2. 遺伝情報を組み込んだ薬物動態薬力学並びに疾患発症・進行に関するmodeling & simulation
  1. Ⅱ-1.人間ドック受診者、糖尿病患者、冠動脈疾患患者を対象とした薬理遺伝学的根拠に基づく生活習慣病の個別化予防に関する研究
  2. Ⅱ-2. 薬の副作用発現と生活習慣病の疾患感受性における性差の検討
  3. Ⅱ-3. 薬理遺伝学的根拠に基づいた生活習慣病の個別化予防に関する研究
  4. Ⅱ-4. カナダ・サスカチュワン地方における環境化学物質による気道障害に関する薬理遺伝学的検討
  1. Ⅲ-1. 薬物動態学的相互作用に関する臨床薬理研究
  2. Ⅲ-2. 生薬・漢方薬の薬物相互作用に関する検討

「糖尿病血管合併症や薬の副作用のリスクに男女差はあるのか?」のページは「こちら」から


【研究プロジェクトの概要】

Ⅰ. 薬物代謝酵素等の遺伝情報に基づいた個別化治療法の開発

Ⅰ-1. 薬理遺伝学的根拠に基づいた精神神経疾患治療薬の個別化薬物療法

てんかんに関する検討

 てんかんは罹患率が約0.6%であり,その治療薬は有効血中濃度域が狭く、代謝活性(血中濃度)の個体差が大きいことから血中薬物濃度モニタリング(TDM)を必要とするものが多い。我々は、熊本再春荘病院のてんかん患者(600症例)のカルテとTDM測定結果から、患者の年齢、身長、体重、抗てんかん薬投与量と血中濃度、併用薬等を調査して抗てんかん薬の代謝や分布、有効性、副作用発現に関わる各種代謝酵素、トランスポーター、イオンチャネル等の遺伝子型に基づいた抗てんかん薬の薬物投与設計モデルの作成と治療効果予測、副作用予防の研究を行っている。


 抗てんかん薬バルプロ酸(VPA)の治療効果及び副作用発現に関する研究

まず、VPA服用歴のあるてんかん患者を対象に、母集団薬物動態-薬力学解析の手法を用いて、VPAの薬物動態並びにalanine aminotransferase (ALT)又はγ-glutamyltransferase (γ-GT)の基準値外上昇に及ぼす遺伝因子並びに他の患者因子の影響とその程度を検討した。その結果、以下のモデル式が得られた。 

CL = 0.58 × VPA投与量0.535 × 0.875女性× 1.22カルバマゼピン× 1.1フェノバルビタール

  × 1.4フェニトイン× 0.915クロバザム

ALT基準値外上昇:logp/1-p= -9.25 + AUC ×(体重/511.65

γ-GT基準値外上昇:logp/1-p= -6.45 +3.474 × 精神遅滞)+1.994 ×SOD2 Val/Val

+ AUC × VPA投与量1.53

CL, クリアランス; SOD, superoxide dismutase

上記モデルに基づき、γ-GT基準値外上昇が30%の確率で発現すると予想されるVPAの投与量を推定したところ、SOD2遺伝子型間で約2倍の差を認めた。この最終モデルを用いたシミュレーションにより、精神遅滞の有無とSOD2遺伝子型ごとに各VPA投与量で予想されるγ-GTの基準値外上昇頻度をまとめた表を作成した(表1)。


表1.γ-GTの基準値外上昇が発現すると予想される頻度(%)


このような表を臨床現場で用いることで、VPA服用患者での脂肪肝リスクの軽減を目的とした、SOD2遺伝子型毎の個別化投与設計が可能となることが期待される(薬学科卒業生・大楠直樹他、Ogusu et al., PLOS ONE, 9:e111066, 2014)。

次に、VPA治療歴が1年以上あるてんかん患者77名を対象に、発作抑制率に及ぼす遺伝因子並びに他の患者因子の影響を母集団薬物動態-薬力学解析により検討した。VPA 投与開始後1 年間の発作頻度を投与開始前の発作頻度と比較し、50%以上発作が抑制された者を発作抑制ありとした。解析の結果、以下のモデル式が得られた。

発作抑制率:Logit = Ln(p/1-p) = 6.09 + (年齢/10) × 0.977 - 1.75カルバマゼピン-1.18クロナゼパム

- 5.87SCN1A GA- 4.88SCN1A AA

- {13.5 + 3.62フェニトイン+ 1.73トピラマート- 2.41部分てんかん

- 10.1SCN1A GA - 9.48SCN1A AA}×血中VPA濃度

上記モデルにより、患者因子毎に発作抑制効果が期待できる血中VPA 濃度の上限値が推定された。以下に模擬症例によるシミュネーション結果を示す(図1)。


図1.模擬症例によるシミュレーション結果(血中VPA濃度の推定上限値)


本研究結果から、発作抑制効果が期待できる血中VPA 濃度を患者毎に推定できる可能性を示唆しており、臨床への応用が期待される(薬学科卒業生・中嶋洋生他、Nakashima et al., PLOS ONE, 10:e0141266, 2015)。


他にも、VPA服用患者において、cytochrome P450 (CYP) 2C19のpoor metabolizer (PM) が、homo extensive metabolizer (EM) に比べて、女性でのみ肥満リスクが高いことを示した他(図2)(薬学科卒業生・野相まどか他、Noai et al., Acta Neurol Scand, 133:216-23, 2016)、18歳未満のVPA服用患者において、知的障害合併群は非合併群に比べ、VPA服用期間中の累積肥満発症率が高いことを示した(図3) (薬学科卒業生・棚町有紀子他、Tanamachi et al., Neuropsychiatr. Dis. Treat, 11:1007-14, 2015)。

図2.バルプロ酸服用患者の女性におけるCYP2C19遺伝子多型と肥満との関係



図3.パルプロ酸服用患者における知的障害と肥満との関係



統合失調症に関する検討

弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座(古郡規雄准教授)と共同で、統合失調症患者を対象に、薬物代謝酵素等の遺伝的多型と非定型抗精神病薬の薬物動態・副作用発現との関連性に関する研究を行っている。


○ 統合失調症患者の肥満やメタボリックシンドロームに関わる遺伝因子の検討

統合失調症(SCZ)患者では、不健康な生活習慣や非定型抗精神病薬の服用等に起因する肥満やメタボリックシンドローム(MetS)を高頻度に認める。そこでSCZ患者を対象に、肥満及びMetSに及ぼす遺伝子多型の影響について検討したところ、脂質輸送タンパク質であるMicrosomal triglyceride transfer protein -493G/TのTアリル保有者がSCZの男性患者の肥満の危険因子となることや抗酸化酵素であるGlutathione S-transferase T1の欠損者がSCZ患者のMetSの危険因子となることを初めて明らかにした(薬学科卒業生・吉森友紀他、Saruwatari et al., Neuropsychiatr. Dis. Treat, 9:1683-98, 2013)。


○ 喫煙がオランザピンとクロザピンの体内動態に与える影響

非定型抗精神病薬であるオランザピンとクロザピンは、どちらも主にcytochrome P450 (CYP) 1A2により代謝される。一方で、CYP1A2は喫煙により誘導されるため、治療効果に影響されることが報告されている。そこで、喫煙が両薬物の血中濃度/投与量比(C/D比)に与える影響の程度を明らかにし、投与量調節の基準を確立するためにメタアナリシスを行った。その結果、喫煙者は非喫煙者に比べて、オランザピンの平均C/D比が0.75 (ng/ml)/(mg/day) 低く、クロザピンの平均C/D比が1.11 (ng/ml)/(mg/day) 低いことを示した(図4.5)(薬学科卒業生・津田義之他、Tsuda et al., BMJ Open, 4:e004216, 2014)。


図4.喫煙とオランザピンのC/D比に関するメタアナリシス



図5.喫煙とクロザピンのC/D比に関するメタアナリシス


Ⅰ-2. 遺伝情報を組み込んだ薬物動態―薬力学並びに疾患発症・進行に関するmodeling & simulation

 この研究ではnonlinear mixed effect model (NONMEM) プログラムを用いて母集団薬物動態を求めている。本法は1人1回TDM結果でも解析が可能であり、患者の生理的要因、病態的要因等を考慮した母集団平均パラメータ、個体間変動、残差誤差を同時に解析できるだけでなく、下記の式のごとく遺伝子型の影響を他の要因とともに定量的に推定できる点が優れている。



前述した抗てんかん薬バルプロ酸(VPA)の治療効果及び副作用発現に関する研究等で実際に使用し、モデル式を構築している他、後述する生活習慣病発症に関する予測モデルの構築にも応用する予定である。



Ⅱ. 薬物代謝酵素等の遺伝情報に基づいた個別化治療法の開発

 薬物代謝酵素の遺伝的多型は薬物感受性や副作用発現の個体差に大きく関与している.一方で,本酵素がホルモン,脂質,ビタミン,神経伝達物質,アラ キドン酸などの内因性物質を代謝し,また活性酸素の生成や消去を司ることが 知られるにつれて,薬物代謝酵素活性の遺伝的多型による個体差が疾患感 受性に影響を及ぼす重要な因子として注目されている.我々は,臨床薬理遺伝学的研究手法を予防医学に役立てるために,以下の研究をしている.


Ⅱ-1. 人間ドック受診者、糖尿病患者、冠動脈疾患患者を対象とした薬理遺伝学的根拠に基づく生活習慣病の個別化予防に関する研究

本研究は、日本赤十字社熊本健康管理センター(緒方康博所長)、医療法人陣内会陣内病院(陣内秀昭院長)、熊本大学附属病院循環器内科(掃本誠治准教授)との共同研究により行っている。

近年、血糖・血圧・脂質などの異常が体に記憶され、その後長年にわたって糖尿病合併症の発症や進展に影響を及ぼす"メタボリックメモリー"が注目され、生活習慣病の早期発見と予防の重要性が改めて認識されている。そこで、生活習慣病の早期予防に遺伝情報を用いたハイリスク群の抽出と、個々に応じた生活改善や積極的な治療介入が有用と考え、①疾患との関連に科学的根拠がある、②発症早期から病態に関与して早期予防に役立つ、③予防効果の高い生活改善方法を示すことができる、④日本人の変異遺伝子頻度が高い(5%以上)、の4条件を重視して候補遺伝子を抽出し、詳細な臨床情報を基に解析を行っている。


○アルデヒドデヒドロゲナーゼ2(ALDH2)遺伝子変異に関する研究

ALDH2は、飲酒に伴い生成されるアセトアルデヒドをはじめ、外因性・内因性の活性アルデヒド代謝を司る酵素であり、各種生活習慣病との関係が示唆される。ヒトでは、酵素活性を欠損する*2アリル(rs671)が存在し、飲酒行動の規定因子とされる。本研究では、ALDH2遺伝子型が循環器疾患及び肺疾患に及ぼす影響を、飲酒や喫煙との関係と共に検討し、①ALDH2*2アリル保有者のうち、飲酒量が20 g/day以上の群は(一日当たり日本酒一合程度)、非飲酒群に比べて高血圧罹患頻度が高いことや(図6)(博士前期課程修了・中川武裕他、Nakagawa et al., Pharmacogenet Genomics, 23:34-7, 2013)、②ALDH2*2アリル保有者は非保有者に比べて、糖尿病網膜症の発症リスクが高く、飲酒者やGGT高値群でその影響が強いこと(図7)、③ALDH2*2アリルと喫煙は相加的に心筋梗塞リスク上昇に関与し(図8)(Morita et al., Toxicol. Lett., 232:221-5, 2014)、虚血性心不全患者では、喫煙経験者でのみALDH2*2アリルがeGFR低下に関与すること(Morita et al., J. Hum. Hypertens., 28:279-81, 2014)、④ALDH2*2アリル保有者のうち、喫煙量が30 pack-years以上の群は非喫煙群に比べて、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクが高いこと、を明らかにした(図9)(Morita et al., Toxicol. Lett., 236: 117-22, 2015)。(博士課程修了・守田和憲他)

図6.ALDH2遺伝子型と飲酒関連高血圧との関係


図7. ALDH2遺伝子型と飲酒が糖尿病網膜症発症に及ぼす影響


図8.ALDH2遺伝子型と喫煙が心筋梗塞に及ぼす影響


図9.ALDH2遺伝子型と喫煙がCOPDに及ぼす影響


上記のALDH2遺伝子型に関する研究成果は、以下の図10のように、生活習慣病の個別化予防への応用が期待される。


図10.ALDH2遺伝子型に基づく生活習慣病の個別化予防


Patatin-like phospholipase 3 (PNPLA3) 遺伝子変異に関する研究

アジア人における非肥満者(BMI:25kg/m2未満)の非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)罹患率は高く、加えて糖尿病や脂質異常症等の合併率も高い。そこで、NAFLDのリスク因子として知られるPatatin-like phospholipase 3PNPLA3)遺伝子変異(rs738409、c.444C>G)の非肥満者における影響を検討したところ、非肥満群においてG/G型はC/C型と比べてNAFLDリスクが高く、さらに推定糸球体ろ過量(eGFR)の低下に関与することを明らかにした(図11)。(鬼木健太郎助教他、Oniki et al., PLOS ONE, 10:e0132640)


図11.非肥満者におけるPNPLA3遺伝子変異とNAFLDリスク及び腎機能との関係


○他の遺伝子変異に関する研究

前述の遺伝子変異以外にも、①GGTの上昇に関与する遺伝子変異であるGGT1 GアリルがbaPWV高値や、COPDのリスク上昇に関係することを明らかにした他(博士課程修了・守田和憲、薬学科卒業生・田中雄大他、Jinnouchi et al., Cardiovasc. Diabetol., 14:49, 2015; Morita et al., Clin. Chem. Lab. Med., 53: e339-41, 2015)、②HNF1A rs1169288-Cアリルが非肥満者でのみ耐糖能異常(OR: 2.68, P =0.01)及び2型糖尿病(OR: 2.04, P =0.03)のリスクに影響すること(博士課程修了・守田和憲他、Morita et al., Diabetes Metab., 41: 91-4, 2015)、③抗酸化酵素グルタチオンS転移酵素(GST)M1, T1, P1, A1が喫煙と相互作用してNAFLDリスクに関与すること(鬼木健太郎助教他)等、明らかにした。


Ⅱ-2. 薬の副作用発現と生活習慣病の疾患感受性における性差の検討

近年、性別を考慮した医療(性差医療)は、個別化医療の実現や疾病予防・予後改善に大きく貢献するとされ、欧米ではその重要性が広く認知されている。しかし現状では、疾患の性差の実態や原因には不明な点が多く、薬物治療で用法・用量に性差が考慮されている薬剤は殆どない。そこで当分野では、性差を考慮した副作用回避や疾病予防を目的とした検討を行っている(博士課程修了・梶原彩文、博士前期課程修了・北愛矢菜、薬学科卒業生・宮川春奈、河田優希他)。


Ⅱ-3. カナダ・サスカチュワン地方における環境化学物質による気道障害に関する薬理遺伝学的検討

 提供者への侵襲が少なく保管輸送が簡便な薬物代謝酵素の遺伝子多型解析方法を実用化して小児や海外の試料の解析を可能にし,粉塵中の農薬や喫煙が 関係すると考えられる穀物取扱作業者(カナダ)の気道障害と薬物代謝酵素の遺伝子多型について検討した。現在までに、複数の酵素の遺伝子型が気道障害に関係することが示唆され、H16年度からCanadian Centre for Health and Safety in Agricultureと共同で小児喘息と穀物取扱作業者の慢性閉塞性肺疾患の大規模コホート研究を開始している。

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カナダのサスカチュワン州にあるサスカチュワン大学には、修士・博士の学生がこれまでに5人留学して、生物統計学や分子疫学を学んでいる。


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同州にて2014年10月19-22日に行われた7th International Symposium: Safety & Health in Agricultural & Rural Populations: Global Perspectives (SHARP) では、博士課程2年の梶原彩文が口頭発表を行った。



Ⅲ. 薬物治療の安全性と新たな適応に関する研究

既に市販されている薬物について臨床の視点からその安全性や新たな薬理 効果を検討することは,育薬研究として重要と考え,当教室では現在以下の 研究を行っている.


Ⅲ-1. 薬物動態学的相互作用に関する臨床薬理研究

薬物動態学的な相互作用は,医療現場で日常的に経験する問題の一つであり、その大半は薬物代謝酵素やトランスポーターを介したものである。我々は、弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座(古郡規雄准教授)と共同で、健康成人を対象とした臨床薬理研究により、精神科領域で使用される各種薬物が薬物代謝酵素・トランスポーター活性に与える影響を明らかにし、薬物相互作用の予測と機序の解明を行っている。


Ⅲ-2. 生薬・漢方薬の薬物相互作用に関する検討

近年、生薬は世界中で使用され、それに伴う副作用や薬物相互作用が問題になっている。また、日本では多くの漢方薬の臨床使用が認められているにもかかわらず、その安全性に関する情報は十分とは言い難い。我々は、これまでに健常ボランテイアを対象に、6種類(小柴胡湯、麦門冬湯、小青竜湯、桂枝茯苓丸、清上防風湯、抑肝散)の漢方薬の安全性に関する臨床研究を行い、以下の結果を得ている。(猿渡淳二准教授、薬学科卒業生・空岡裕美、高嶋彩佳他)


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図12.これまでに当研究室で検討してきた漢方薬の相互作用に関する安全性試験


【共同研究施設(順不同)】

国立循環器病センター、国立病院機構熊本再春荘病院、熊本大学医学部附属病院循環器内科、医療法人社団陣内会陣内病院、弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座、日本赤十字社熊本健康管理センター、日赤熊本病院薬剤部、熊本県薬剤師会、カナダ・サスカチュワン大学、九州保健福祉大学薬学部生化学第一講座(佐藤圭創教授・前薬物治療学准教授)、熊本大学大学院生命科学研究部 免疫・アレルギー・血管病態学寄附講座(宮田敬士特任准教授、前薬物治療学助教)