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研究紹介

 2019年 3月に生体機能分子合成学野の大塚雅巳教授が定年退職し、4月より研究室がサイエンスファーム生体機能化学共同研究講座となりました。本研究講座ではこれまでに引き続き、エイズ、線維化疾患、がん、脳卒中、糖尿病などの新規治療薬シーズの創製とその発展を主に目指しています。そのために分子設計、有機合成、細胞生物学実験、ウイルス実験など分野横断的な研究手法を用いています。
 以下にいくつかの研究成果を紹介します。

1. イノシトールリン脂質に基づいた新しいHIV根絶法の開発

 エイズウイルス (HIV)が細胞から放出される時に、HIVのGagタンパク質と細胞膜上のイノシトールリン脂質 PI(4,5)P2との結合が必須であることが知られています。私たちは PI(4,5)P2よりも強くGagに結合する人工イノシトールリン脂質誘導体の創製を目指し、L-HIPPOに行き着ました。L-HIPPOはGagタンパク質を細胞膜に寄せつけず、細胞にアポトーシスを誘導します。この現象を「Lock-in and Apoptosis」と名付け、HIV潜伏感染細胞の除去への発展を目指しています。そのためにL-HIPPOの構造をさらに改変したいと考えていますが、まずL-HIPPOとGagがどのように結合するか調べています。その一段階目として、L-HIPPOの部分構造であるIP6とGag MAドメインの複合体のX線結晶構造を解きました。なお、この解析はトルコKoc大学のHasan DeMirci博士らとの共同研究として行われました。今後、これを発展させたいと思っています。

1. イノシトールリン脂質に基づいた新しいHIV根絶法の開発

2.フィチン酸プロドラッグ体の開発

 イノシトール6リン酸(IP6, フィチン酸)は、細胞内で生合成され、かつ穀物や豆類からも摂取される生体物質です。抗がん作用といった有益な機能が、様々報告されています。しかしこの分子は多くの負電荷をもつため、たくさんの分子を細胞内に導入させることが困難でした。この問題を解決するため、Pro-IP6と名付けたフィチン酸プロドラッグ体を開発しました。Pro-IP6を細胞培養液に加えると細胞が取り込んでIP6を発生し、低濃度で抗癌活性やAktリン酸化抑制活性を示すことを明らかにしています。今後、医薬品にも発展させたいと考えています。

2. フィチン酸プロドラッグ体の開発

3. 全身性強皮症治療薬の開発

 全身性強皮症は厚生労働省から指定難病の認定を受けている疾患で、組織の線維化が特徴の1つです。私たちは化合物HPH-15が抗線維化活性をもつこと偶然見出しました。マウスモデルでは皮膚線維化の抑制を確認しており、現在、熊本大学病院皮膚科と共同で、全身強皮症治療薬として臨床試験を目指しています。なお、このHPH-15が上皮間葉転換を抑制することも明らかにしています。

3. 全身性強皮症治療薬の開発

4. 脳梗塞治療薬の開発

 脳梗塞となると、脳細胞内に4-ヒドロキシ-2-ノネナール(4-HNE)が生じ、HNEが細胞にアポトーシスを誘導すること知られます。HNEの捕捉剤としてカルノシンやヒスチジンがなど知られていましたが、私たちはそれらの構造を組み合わせ、強くHNEを捕捉する新化合物CNNを設計、合成しました。久留米大学医学部脳神経外科で脳梗塞モデルスナネズミを用いた実験行っところ、良好な効果を示しました。現在、更に改良を加えています。

4. 脳梗塞治療薬の開発

5. 亜鉛タンパク質を標的とした薬の開発

 抗がん性抗生物質ブレオマイシンの金属結合部位の構造をもとにして、種々の亜鉛タンパク質の機能を阻害する化合物 SN-1 をつくり報告しました。化合物SN-1 は、タンパク質が含む亜鉛とその近傍のアミノ酸に結合すると推測しています。亜鉛酵素の亜鉛部位の近傍には基質を収めるポケットがあり、そこに基質の代わりに入る化合物が阻害剤となります。さらに私たちは SN-1 にタンパク質特異的認識部位を導入し、特定の亜鉛タンパク質に結合しその機能を阻害することも示しました。 一方、亜鉛フィンガータンパク質のように、亜鉛がタンパク質の構造形成に関わる場合もあります。ここでは特に低分子のものを収めるポケットがあるわけではなく、亜鉛フィンガーが薬の標的として考えられた例はほとんどありません。私たちは、SN-1 は亜鉛フィンガーの亜鉛結合部位に結合することも示しています。今後、特異的な亜鉛フィンガー阻害剤を開発したいと思っています。

5. 亜鉛タンパク質を標的とした薬の開発

6. HIV-2 Vpx/Vpr タンパク質における亜鉛結合の役割解明

 このプロジェクトは、創薬研究とは少し異なります。HIVにはHIV-1とHIV2の2つのタイプがあります。世界中に感染が広がっているものはHIV-1で、HIV-2の感染者は西アフリカに限局しています。HIV-1、HIV-2 ともたったの9個しか遺伝子がありませんが、HIV-2はおもしろいことにVpxとVprという似た2つのタンパク質を発現します。これらはどちらも100程度のアミノ酸からなる小さなタンパク質で、3つのヘリックスをもちます。ただし、Vpxの発現レベルはVprよりもかなり高いことが知られます。さて、近年のX線結晶解析によりVpxは2つのヒスチジンと2つのシステイン(HHCC)が亜鉛を結合することが示されました。私たちは変異体解析の結果から、亜鉛結合がVpxタンパク質を安定化することを示しました。一方、VprはHHCCに対応するアミノ酸として、HHCHやHHCRをもちます(株によって異なります)。これをHHCCに変えたところ、発現量が上昇しました。すなわち、HIV-2のVpxとVprは亜鉛をもつかもたないか、といったシンプルな方法でタンパク質発現を制御していると思われます。また、Vpxは亜鉛結合部位のみならず、プロリンが7つ連続したユニークなポリプロリンモチーフ(PPM)ももちます。PPMの役割解明も目指しておりますが、PPMもタンパク質の安定化に関わることを明らかにしています。詳細を現在調べています。

6. HIV-2 Vpx/Vpr タンパク質における亜鉛結合の役割解明