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イノシトールと創薬

大塚雅巳教授 (生体機能分子合成学分野)

イノシトールとその仲間たち

 イノシトールは1850年にSchererという人によって初めて単離されました。そのことを記載した論文が載っている1850年に出されたAnnalen der Chemie und Pharmacieというドイツの学術雑誌が熊本大学附属図書館の薬学部分館に所蔵されています。このように古くから知られていたイノシトールですが、現在、イノシトールとその仲間の化合物は薬学の領域でますます重要になっています。
 イノシトールはシクロヘキサンのすべての炭素に水酸基がついた化合物です。それぞれの水酸基の出る向きが上と下の2とおりあるため、イノシトールには全部で9種類の異性体がありますが、なかでも図に示すmyo-イノシトールが最も重要なものです。その構造式を見ると、6つの水酸基のうち4位と6位のものが下向きに、他の水酸基は全て上向きに出ています。イノシトールの水酸基に幾つかのリン酸が結合したイノシトール1,4,5-三リン酸IP3やイノシトール1,3,4,5-四リン酸IP4は、生体内の情報伝達物質として重要な役割を果たしています。これらはジアシルグリセロールと結合したホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸PI(4,5)P2や3,4,5-三リン酸PI(3,4,5)P3の形で細胞の膜に存在しています。

カルシウムシグナル伝達とイノシトール

 皆さんは、海に潜ってみたことがありますか? 陸上では、空気がきれいで視界を遮る建物がなければ1 km以上先でも見通すことができます(グランドキャニオンのような所でしょうか・・・)。しかし海の中では、透明度が70 m以上のところもあるようですが、普通は、水中のプランクトンや浮遊している有機物あるいは無機物のため、または水温差によりぼやけたりするので、それほど遠くは見えません。そのように視界が限られた環境において、海洋生物は言葉の代わりに化学物質を体外に分泌して情報交換をしていると考えられています。すなわち、① 餌から漂ってくる美味い物質、② 受精する相手の配偶子から漂ってくる誘引物質、③ 捕食を避けるために分泌している忌避物質などが知られています。そしてそのような物質を、私たちは薬として用いることができます。

PI3キナーゼ-Akt経路

 PI(4,5)P2はまたPI3キナーゼという酵素の基質にもなります。この酵素はイノシトール部分の3位の水酸基をリン酸化するので、PI(4,5)P2からPI(3,4,5)P3ができます。PI(3,4,5)P3はAktというタンパク質と結合してこれを膜に引き寄せます。するとAktは細胞膜に存在する酵素によりリン酸化を受け活性化されます。Aktには3つのサブタイプが知られ、当初から癌化との関連が指摘されていました。またAkt活性化はインスリンシグナルによるグルコースの細胞内への取り込みを引き起こすことが知られています。本研究分野は、Akt経路に作用し脳保護作用を示すイノシトール誘導体を作ろうと共同研究を開始している。

エイズとイノシトールリン脂質

 イノシトールリン脂質はエイズウイルスの増殖にも関与していることが最近明らかになってきました。エイズウイルスの遺伝子から幾つかのタンパク質が作られますが、そのうちの1つであるGagと呼ばれるタンパク質はウイルス粒子形成に重要な役割を果たすことが分かっている。Gagタンパク質が、①脂質二重膜に結合し、②Gagタンパク質どうしが結合して多量体を形成し、③ウイルス粒子が出芽、放出される、という3つの段階を経てウイルスが増殖していきます。
 この最初のGagタンパク質の膜への結合の段階に、PI(4,5)P2が関わっています。PI(4,5)P2は2本の長鎖脂肪酸側鎖が細胞膜の中に埋め込まれ、細胞膜の一部として存在しています。そこにGagタンパク質がくると細胞膜のなかにあったPI(4,5)P2の2本の脂肪酸のうちの1本が膜から離れ出て、Gagタンパク質の結合ポケットの中に取り込まれてしまいます。一方、Gagタンパク質はその末端にミリストイル基という長鎖脂肪酸をもっていて、これが脂質膜に碇をおろすような形で結合します。このようにして、Gagタンパク質が膜に結合すると、それが引き金になってウイルス粒子形成が始まるのです。本研究分野ではPI(4,5)P2を介したGagタンパク質と脂質二重膜の結合を、自分たちで合成した種々のイノシトール誘導体を使って解析しました。その結果、いろいろなことが分かってきましたが、ここで得た情報をもとに、Gagタンパク質と細胞膜の結合を阻止するような人工化合物を作ろうと考えています。新しいエイズの薬ができるかも知れません。

(生体機能分子合成学、創薬研究センター)

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