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環境にやさしい有機合成化学反応の開発をめざして

中島誠教授 (分子薬化学分野)

有機化学は医薬品開発にどのように貢献していますか?

 薬の有効成分となりうる物質は、天然から数多く見つかっていますが、伝統薬を除けば、それがそのまま医薬品になることはほとんどありません。たとえば、ヤナギから抽出されたサリシンやその分解物であるサリチル酸には鎮痛作用ありますが、苦みや胃腸障害等の副作用をもつため、そのままでは鎮痛薬の成分としては用いられません。しかし、副作用を低減させるためにサリチル酸をアセチル化して合成したアセチルサリチル酸(アスピリン)は、ベストセラーの鎮痛薬として世界中で使われています。このように、有機合成化学は、医薬品開発の上で欠かせないものの一つであり、生物活性物質のより効率的な合成法の開拓を目指して、日々、進化しています。

不斉合成とは何ですか?

 有機化合物の中には、その化合物とは鏡に映した「裏返し」の関係にある鏡像異性体が存在するもの(例えば、D-DOPAとL-DOPA)があり、それらは生体内では別物として認識されます。こうした化合物をキラルな化合物といいますが、キラルでない安価な原料からキラルな化合物を合成しようとすると、通常の方法では、一対の鏡像異性体が等量混合物として得られてしまいます。これが医薬品の場合、等量混合物のまま生体内に入ると、不要な異性体は「無駄」であるばかりか、重篤な副作用をもたらす危険すらあります。「不斉合成」は、鏡像異性体を効率的に作り分ける(鏡像異性体の一方のみを合成する)ための手法で、副作用の少ない医薬品を開発する際に求められる技術の一つです。野依良治先生は、鏡像異性体の作り分けを可能にする新しい不斉触媒を開発し、不斉合成の研究領域で大きな功績を挙げたことから、2001年にノーベル化学賞を受賞されています。

有機触媒とは何ですか?

 野依先生の触媒を含め、有機化学で利用される触媒のほとんどは、金属と配位子から構成された金属錯体です。触媒となる金属錯体には安定性が低いものも多いため、厳密な反応条件を必要としたり、触媒をそのまま回収することが困難な場合が多々あります。また、触媒の原料となる金属には、産出量が少なく安定供給が難しい高価な貴金属・レアメタルや、廃棄困難な重金属がしばしば用いられています。現在では、有機化学においても環境への配慮がしきりに議論されていますが、そこで登場したのが、金属を全く使わない、純粋な有機化合物を触媒とする「有機触媒反応」です。特に今世紀に入ってからは、様々なタイプの有機触媒が世界中で競って開発され、多くの不斉合成反応に用いられるようになりました。

熊薬での有機触媒反応の研究は?

 N-オキシドやホスフィンオキシドは、古くから知られているありふれた有機化合物ですが、これらを触媒として有機合成化学に利用した例はこれまでほとんどありませんでした。本分野は、独自に設計した新しいN-オキシド化合物(BQNO)やホスフィンオキシド化合物(BINAPO)が、いくつかの不斉反応における有機触媒として有効であることを見出しました。すなわち、触媒として金属を全く用いずに、キラルでない化合物から一方の鏡像異性体のみを選択的に合成することに成功しました。これらの反応は、オキシド化合物を有機触媒として利用する不斉反応の初めての成功例であり、生物活性物質の高効率合成への応用が検討されています。

(分子薬化学分野)

図1 一対の鏡像異性体
図1 一対の鏡像異性体
図2 新しい有機触媒を用いた不斉反応
図2 新しい有機触媒を用いた不斉反応
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