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脳の神経細胞を守る

香月博志教授 (薬物活性学分野)

からだの器官の中で脳の特殊な点は?

 いろいろな事を覚えたり、考えたり、感じたり…。ヒトが人間らしく生きていく上で最も大切な器官の一つが脳です。ヒトの脳は、数百億個の神経細胞と、その約10倍の数のグリア細胞によって成り立っています。記憶や思考などの脳の機能を担うのは、主に神経細胞です。神経細胞は多くの突起を伸ばし、シナプスという構造を介して他の神経細胞とコンタクトをとっています。多数の神経細胞が織りなす複雑なネットワークの中では、電気的シグナルあるいは化学伝達物質シグナルという形でたえず情報処理が行われています。  
 脳の神経細胞はとても長生きです。脳では、細胞分裂によって細胞を増やす作業が胎生期までで終わってしまっており、出生後に新しい神経細胞が生み出されることはありません(一部に例外はあります)。正常な脳では、幼児期を過ぎると神経細胞の数は一生の間ほぼ一定に保たれていますが、それはヒトが生まれた時点で存在していた神経細胞がずっと生き続けているからです。これが、からだの他の器官と脳とで大きく違うところです。例えば、皮膚や消化管などでは常に細胞分裂が起こっていて、古くなった細胞は死に、新しい細胞にどんどん置き換えられています。

神経細胞が減ってしまう病気って?

 長生きするはずの神経細胞が、いろいろな原因で早死にすることがあります。脳は新しい神経細胞を生み出して補うことができないので、神経細胞が死んでその数が減ると、ネットワークの構成がおかしくなり、正しい情報処理ができなくなってしまいます。このように、脳の神経細胞がだんだん減ってしまうことで発症する病気を、神経変性疾患と呼びます。アルツハイマー病やパーキンソン病などが代表的な神経変性疾患です。アルツハイマー病では、大脳皮質や海馬といった場所の神経細胞が脱落し、記憶能力が減退していきます。パーキンソン病では、黒質と呼ばれる場所にある神経細胞が脱落し、運動機能に障害が出てきます。神経変性疾患は数年〜数十年かけて進行する場合が多く、人口の高齢化とともに患者さんの数も増加の一途をたどっています。  
 神経変性疾患の他にも、脳の神経細胞が減ることでからだの機能が損なわれる病気があります。代表的なものが脳卒中で、脳の血管が血栓(血液の塊)によって塞がれてしまい、神経細胞が酸素やエネルギー源不足に陥って死んでしまう場合(脳梗塞)と、脳の血管が破れ、漏れ出た血液成分が神経細胞を傷つけてしまう場合(脳出血)とがあります。脳卒中は神経変性疾患よりもずっと急激に生じ、病状は数時間〜数日の単位で進行します。

図1 神経細胞が減ると、脳の情報処理機能に支障をきたす
図1 神経細胞が減ると、脳の情報処理機能に支障をきたす

神経細胞が減らないようにする薬はある?

 現在、アルツハイマー病にはドネペジル、パーキンソン病にはレボドパなどの治療薬が用いられています。しかしこれらの薬は、神経細胞が減少したことで滞ってしまった神経ネットワークの情報処理機能を、化学伝達物質シグナルの補充によって回復させることを目的としたものです。つまり、神経細胞の減少そのものを抑えることを意図した薬ではありません。神経変性疾患や脳卒中に対する治療薬の中で、神経細胞を保護する作用を示すものは、残念ながらほとんどないというのが現状です。

熊薬での研究は?

 神経変性疾患や脳卒中は、病気の引き金となる原因も、結果として現れてくる症状もさまざまです。しかし、「神経細胞の数が減る」という一点においては共通しており、その過程にもいくつか共通項があります。
 一つ注目すべき点は、神経細胞を取り巻くグリア細胞のはたらきです。グリア細胞は、普段はエネルギー源の供給や老廃物の除去などを通じて、神経細胞が情報ネットワークとして正確に機能できるようにサポートしています。一方で、何らかの原因で神経細胞が病的に減少するような状況になると、脳のグリア細胞の中でもミクログリアと呼ばれる細胞群が"活性化"状態に移行し、神経細胞に対してダメージを与えるようになります。つまり、活性化したミクログリアは神経細胞の減少をさらに促進するという悪循環をもたらします。活性化型ミクログリアは、いろいろな神経変性疾患や脳卒中の患者さんの脳に出現するので、これらの脳疾患の治療において共通のターゲットとなる可能性があります。
 本分野では、活性化型ミクログリアの働きを鎮めることによって神経細胞の減少に歯止めをかける化合物を探索しています。最近、ビタミンAに似た化合物をパーキンソン病や脳出血のモデル動物に投与すると、ミクログリアの活性化と神経細胞の減少が抑制されることを見つけました。このような化合物が新しい治療薬になる可能性があるので、その作用のメカニズムについて細胞・分子レベルで詳細な解析を進めているところです。ちなみに、「ビタミンAをたくさん摂れば脳の神経細胞が元気になる!」といった単純な話ではありませんので、あしからず。

図2 活性化型ミクログリアは神経細胞にダメージを与える
図2 活性化型ミクログリアは神経細胞にダメージを与える

(薬物活性学分野)

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