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高性能マウス精子凍結保存液および体外受精培地「FERTIUP™シリーズ」の開発

入江徹美教授 (薬剤情報分析学分野)

世界の遺伝子改変マウスを管理するマウスバンク

 現在、遺伝子改変マウスを用いた研究が、世界中で盛んに行われています。また、欧米を中心に網羅的な遺伝子改変マウスの作製計画が進められており、爆発的に遺伝子改変マウスが作製され続けています。 現段階で、どれだけの数の遺伝子改変マウスが、世界に存在するか聞いたことはあるでしょうか?正確な数は把握されておりませんが、既に10,000系統を超えていると言われています。  
 この大量に作製された遺伝子改変マウスを効率的に利用するために、世界各地に専門の研究施設が設立されています。その施設は、通称"マウスバンク"と呼ばれており、 主にアメリカ、ヨーロッパ、日本に設立されています。熊本大学 生命資源研究・支援センター (熊本大学CARD) は、日本におけるマウスバンクの拠点として広く知られています(図1)。 マウスバンクは、世界中で作製された遺伝子改変マウスを保管すると共に、それらの遺伝子改変マウスを共有し、 施設間で授受を行っています。研究者は、マウスバンクを通じて、自分の興味がある遺伝子改変マウスをすぐに入手して、研究を行うことができるのです。

遺伝子改変マウスの保管における精子凍結保存の有用性

 マウスバンクでは、大量の遺伝子改変マウスをどのようにして、保管しているのでしょうか?実験用マウスを飼育するためには、特別な施設が必要となります。 例えば、適正な飼育スペースの確保、飼育する環境の温度、湿度、照明、空調の管理、感染症を避けるための微生物モニタリングなど、 施設に求められる要件は多岐に渡ります。そのため、大量の遺伝子改変マウスを飼育するには、広大な施設と莫大な費用が必要となってしまいます。
 2002年、権威あるイギリスの科学雑誌であるNature誌に、"Full house"というタイトルの論文が掲載されました。当時から、研究施設に溢れかえる遺伝子改変マウスを効率的に保管する方法について、 議論されていました。そこで注目されたのが、精子の凍結保存技術でした。精子の凍結保存技術を利用すれば、小さなストローに遺伝子改変マウスの精子を入れて、凍結するだけで簡単に保管することが可能です。 その結果、マウスの飼育に必要な施設や費用を大幅に軽減することができます。 しかしながら、この時点においては、遺伝子改変マウスに汎用されるC57BL/6マウスの精子の凍結保存技術が確立されておらず、新たな技術の開発が求められていました。

FERTIUP™シリーズの誕生

 熊薬では、C57BL/6マウスの精子凍結保存技術の確立を目指して、研究を進めてきました。その結果として、薬剤分析情報学分野、資源開発分野(熊本大学CARD)、 九動株式会社が共同開発したFERTIUP™シリーズ(精子凍結保存液、精子前培養液)を上市することが出来ました。 現在、FERTIUP™シリーズは、国内のみならず海外でも市販されており、世界中の研究施設で利用されています(図2)。
 遺伝子改変マウスの作製に汎用されるC57BL/6マウスの精子は、凍結/融解することによって、受精能が顕著に低下するという問題がありました。 受精能が低いと、凍結精子から再び個体を作製することが困難となり、保存法として利用できません。 そこで私達は、凍結保存時の受精能の低下を防ぐ精子凍結保存液と体外受精時の受精能を高める精子前培養培地の開発に取り組みました。
まず、精子凍結保存液に有用な精子凍結保護剤の探索を行いました。その結果、数種類のアミノ酸において、 凍結/融解精子における受精能の低下が抑制されることが明らかになりました。現在、FERTIUP™マウス精子凍結保存液には、その時に発見した中で最も効果が高かったL-グルタミンが利用されています。
 次に、凍結/融解精子の受精能を高める受精能賦活剤の探索を行いました。ここで効果を示したのが、環状マルトオリゴ糖であるシクロデキストリンでした。これはある種、運命的な成功でした。薬剤分析情報学分野の入江教授は、製剤学研究者としてシクロデキストリンの研究を行っています。一方で、資源開発分野の中潟教授は、生殖工学の研究者としてマウス精子や胚の凍結保存の研究を行っています。共同研究という形により、これまで交わりの無い研究領域であった製剤学と生殖工学が繫がり、シクロデキストリンがマウス凍結/融解精子の受精能を賦活化するという、非常に興味深い知見を発見することが出来たのです。この成果から、FERTIUP™マウス精子凍結保存液には、その時に発見した中で最も効果が高かったL-グルタミンが利用されています。
マウス精子前培養培地には、シクロデキストリンが利用されています。
 FERTIUP™シリーズは、様々な人や研究が繋がることによって誕生しました。研究の成功には、研究の情報だけではなく、人との出会いが不可欠です。

(薬剤情報分析学分野)

図1 世界のマウスバンク
図1 世界のマウスバンク
日本:熊本大学生命資源研究支援センター(熊大CARD)、アメリカ:ジャクソン研究所、ヨーロッパ:European Mouse Mutant Archive (EMMA)
図2 当研究室で開発したFERTIUP™シリーズ
A:マウス精子凍結保存液、B:マウス精子前培養培地
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