○NSAIDsプロジェクト研究紹介○

胃にも心血管系にも安全な、非ステロイド系抗炎症薬の開発

アスピリンを代表とする非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)は大変有用な医薬品で最もよく使われている薬です。NSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し、COX依存に合成されるプロスタグランジン(PG)を低下させることにより抗炎症作用を発揮します(PGは炎症増悪因子です)。

 一方NSAIDsの主な副作用である胃潰瘍(NSAIDs潰瘍)が臨床現場で大きな問題になっています(アメリカでのNSAIDs潰瘍による死者数は年間16500人にものぼり、これは全米のエイズ死亡者よりも多い数です)。これまでNSAIDsはCOXを阻害しPGを低下させることにより胃潰瘍を導くと考えられてきました(PGは胃粘膜保護因子でもあります)。しかしCOXを阻害するNSAIDsの濃度と、胃潰瘍を起こすNSAIDsの濃度が大きく異なるなど、COX阻害以外のNSAIDsの別の作用も、NSAIDs潰瘍の発症に関与すると考えられるようになってきましたが、この別の作用の実態は不明でした。それに対し我々の研究グループでは、NSAIDs潰瘍の新しい実験動物モデルを考案し、この別の作用がNSAIDsの細胞傷害性であること、この細胞傷害性の原因がNSAIDsの膜傷害作用であること、及びこの膜傷害作用と COX阻害作用は無関係であることを発見しました。つまり、NSAIDs潰瘍の発症には、胃粘膜でのPG低下と胃粘膜細胞死(NSAIDsの膜傷害作用による)の両者が必要であることが分かりました(論文1、2)。

 多くの患者さんを苦しめているNSAIDs潰瘍の発症メカニズムを解明し、胃潰瘍を起こさないNSAIDsを開発する研究は世界中の多くの研究者によって行われています。そしてその多くはCOXに関する研究です。COXには、COX-1とCOX-2という二つの種類があり、胃粘膜ではCOX-1が、炎症部位ではCOX-2が発現していることが発見されました。そこでCOX-2選択的NSAIDs(胃粘膜で発現している COX-1を阻害しないので、胃粘膜でPGを低下させず胃潰瘍を起こしにくい)が開発されNSAIDs潰瘍の問題は解決したかに見えました。しかし最近、 COX-2選択的NSAIDsはその選択性のために、血栓を誘発し心筋梗塞を起こしやすくすることが分かり、多くのCOX-2選択的NSAIDsは市場から撤退しつつあります。そこでCOX-2に対する選択的を上げる以外の方法で、胃潰瘍を起こさないNSAIDsを開発する必要が出てきました。ここで注目されたのが、我々の研究です。上で述べた我々の研究から考えますと、膜傷害作用(細胞傷害作用)のないNSAIDsを開発すれば、COX-2に対する選択的を上げなくても、胃潰瘍を起こさないNSAIDsを開発できることがわかります(このアイデア、及びNSAIDsの膜傷害作用を簡単に調べることが出来るアッセイ系に関して国際特許を申請しています)。そこで我々はこのようなNSAIDs(膜傷害性がなく、かつCOX-2選択性がない NSAIDs)の発見を目指して研究を行っています。具体的には、有機化学者と共同でNSAIDsの膜傷害性に関する構造活性相関を明らかにし、膜傷害性がなく、かつCOX-2選択性がない NSAIDsを合成しています(基本骨格は既に得ていますので、現在その修飾を行っています)。私はこのような有機化学者と生物学者の共同研究が容易に行えることが薬学部で研究する利点だと思います。このようなNSAIDsは、胃潰瘍も心筋梗塞も起こしませんので、既存のどのNSAIDsに対しても優位性を持っており、ビジネスとしても注目されます。そのため、平成17年度科学技術振興機構・大学発ベンチャー創出推進事業(将来的にベンチャー起業につながる種を持っている大学研究者を支援し、大学発ベンチャーを推進する国のプロジェクト)に採択されました。我々は、NSAIDs潰瘍に苦しんでいる患者さん、心筋梗塞副作用に怯えながら、COX-2選択的NSAIDsを使用している患者さんを救うために、胃潰瘍も心筋梗塞も起こさないNSAIDsを開発します。

1.Tomisato, W., Tsutsumi, S., Hoshino, T., Hwang, H-J., Mio, M., Tsuchiya, T. and Mizushima, T. (2004) Role of direct cytotoxic effects of NSAIDs in the induction of gastric lesions. Biochem. Pharmacol.67, 575-585.

2. Tomisato, W., Tanaka, K., Katsu, T., Kakuta, H., Sasaki, K., Tsutsumi, S., Hoshino, T., Aburaya, M., Li, D., Tsuchiya, T., Suzuki, K., Yokomizo, K., and Mizushima, T. (2004) Membrane permeabilization by non-steroidal anti-inflammatory drugs. Biochem. Biophys. Res. Commun. 323, 1032-1039.