山縣ゆり子教授の日本薬学会学術振興賞受賞に関する記事がファルマシアに掲載されました。

――――ファルマシア Vol.38、No.5 448(2002)より

<紹介>

学術振興賞受賞 山縣ゆり子氏の業績

冨田研一 大阪大学名誉教授

山縣ゆり子博士が研究題目「X線回折法を用いたタンパク質の機能、並びに物性に関する立体構造基盤研究」で平成14年度日本薬学会学術振興賞の受賞者に選ばれたことを心からお祝い申し上げたい。

山縣ゆり子博士は、昭和49年4月より当時私が担当しておりました大阪大学薬学部薬品物理化学教室で卒業実習生としてX線構造研究を始められ、神戸大学理学部教務職員、大阪大学薬学部助手を経て、平成10年6月、同大学大学院薬学研究科生命情報環境科学専攻蛋白情報解析学分野の助教授に昇任、更に昨年4月からは熊本大学大学院薬学研究科に新設された分子機能薬学専攻機能分子構造解析学講座担当の教授として、教育、研究の充実に努力されている。

 山縣博士は、常に研究の将来を見据え、先見性に富み、かつ構造生物学上興味深いテーマについて研究を続けているが、今回の受賞の対象となった研究内容は、次の3点にまとめることができる。すなわち(1)DNA修復酵素の機能解明、(2)タンパク質の熱安定化機構の解明、及び(3)タンパク質のアミロイド様線維形成機構の解明であり、それぞれの研究について以下に述べる。

 (1)山縣博士は大学院学生時代から種々の修飾ヌクレオシド類のX線構造解析を行い、アルキル化DNA塩基が芳香族アミノ酸側鎖と極めて強いスタッキング相互作用をすることを見いだした。この特異的相互作用が生命現象を制御する1つの仕組みになっているのではないかと考え、種々の修飾塩基を認識するDNA修復酵素の精製、結晶化を行ってきたが、1994年3-メチルアデニンDNAグリコシラーゼIIの単結晶が得られ、重原子同型置換法によるX線構造解析で、その分子構造決定に成功した。このタンパク質は、有害なアルキル化剤によるDNAの損傷を修復する酵素で、解析結果によると、予想通り蛋白質の芳香族アミノ酸側鎖が、アルキル化DNA塩基の認識の鍵になっていることが明らかになり、多くの国際雑誌の総説にトピックスとして紹介され、また国際結晶学連合大会では招待講演に選ばれるなど国際的に高く評価されている。

 (2)タンパク質分子の熱安定性を特定のアミノ酸を置換した変異体を用い、熱分析による研究をしてきた大阪大学蛋白質研究所油谷克英博士との共同研究として、山縣博士はヒトリゾチームの変異体130種についての高分解能X線構造解析を行いった。その結果をもとに、「立体構造?安定性」データベースを作成、検討したところ、安定性に寄与する9種の因子を、立体構造を規定する構造パラメーターを含めた関数の形で定量化することに成功し、その成果は海外で高く評価されている。

 (3)BSE(狂牛病)やヤコブ病などのプリオン病をはじめ、アルツハイマー病、パーキンソン病など、アミロイドの関係する思い病気が最近次々と報告されているが、山縣博士は、50歳代までに死んでしまう思い病気、家族性非神経性全身性アミロイドシースを取り上げた。1993年には、この病気の原因が、ヒトリゾチームのI56T及びD67H遺伝子変異体であることが判明した。山縣博士は、既に(2)で述べたように、ヒトリゾチームの変異体についてのX線構造研究でI56T及びD67Hの立体構造を決定しているので、これに熱分析やCDスペクトルから得られた結果を加え、ヒトリゾチームのアミロイド様線維形成には、天然型リゾチームのへリックス構造の増加と、その変性に続いてベータ構造の形成、増加及び会合を経て起こることを推定した。

以上、山縣博士の研究業績を紹介したが、今後とも同博士がX線回折法という原子レベルでの分子構造決定法を十二分に適用して、生命現象の解明にますます努力されることを期待したい。